第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(6)

日本 権力構造の謎〈下〉日本 権力構造の謎〈下〉
著者:カレル・ヴァン ウォルフレン
販売元:早川書房
(1990-09)
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 ミッテルマイエル(K.J.Mittermaier)博士の「欧米における陪審裁判所の有効性についての経験」によると、大陸法系諸国に根強く残っている糺問主義という、中世ヨーロッパの異端尋問や江戸時代の刑事裁判の様に、1人の人間が検察官と裁判官を兼ねて捜査して、判決を出す刑事訴訟手続といった伝統を克服しないかぎり、形式を真似ても、なかなかイギリスの様な英米法諸国の様な陪審制度を実施する事が難しいと書かれています。

 日本人になじみのあるヴォルフガング・ミッテルマイエル氏も陪審制度の研究をしていますが、この論文を読む限りでは、別人だそうです。ヴォルフガング・ミッテルマイエル氏は、法律家のリープマン(M.Liepmann)氏と一緒に、ドイツの陪審制度が参審制度という裁判官と一般人が判決を下す制度になる過程をまとめた「陪審裁判所と参審裁判所」という論文が1908年と1909年に2巻分、出版された事があるとカナダの古本屋で買った本に書かれていました。

 ヨーロッパ諸国で、現在も陪審制度を維持している国は、スイスやベルギー、ギリシャ、デンマーク、スウェーデン、そして、陪審制度を復活したロシアやスペインですが、ロシアやスペインを除くと、ほとんどの国が、比較的小さい国ですが、ドイツなどの大きな国は、参審制度になります。フランスは、一応、参審制度の形をとりながらも実質的に陪審制度ですが、裁判制度というのは、抽象的に優劣がつけられない所があります。

 カナダに留学していた時に思った事ですが、アメリカやイギリスの様な英米法系諸国の陪審制度は、比較的、似たような制度であるのに対して、大陸法系諸国の陪審制度は多種多様の制度をとっています。ヨーロッパ諸国や日本に根強く残っている糺問主義と陪審制度のすり合わせが難しい事を指しているのかもしれません。

 日本でも、旧陪審法の時は、陪審員の評決を裁判長が採用するか、それとも陪審裁判のやり直しを命じるかどうか決定する権限があり、今のフランスの様な陪審制度と参審制度の中間といった感じの制度でしたし、今の裁判員法は、検察官控訴を認める参審制度の様な感じですから、実質的に大陸法系国家が陪審制度を導入する事の難しさを示しています。

 日本で、陪審制度を導入するきっかけのは、1910年に、社会主義者の幸徳秋水達が明治天皇の暗殺計画があった疑いで死刑になった大逆事件で、拷問による自白だけが証拠になったので、一般人を司法参加する事で、冤罪をできるだけ防ぐという目的がありました。だから、英米法系の陪審制度でなくても、拷問による自白を防ぐ事ができるなら、大陸法系の陪審制度でいいと思います。まあ、現実問題として、今の裁判員法をできるだけ改良して、いい加減な自白調書だけでは、有罪は取れない様に、法整備をしなければいけません。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(5)

家栽の人 (6) (小学館文庫)家栽の人 (6) (小学館文庫)
著者:毛利 甚八
販売元:小学館
(2003-05)
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 ドイツなどのヨーロッパ大陸法国家が裁判官と一般人が刑事裁判をする参審制度になり、実質的に、大陸法系国家である日本も、陪審制度復活の運動の結果、裁判員制度という、検察官控訴を認める参審制度になりました。英米法国家では、陪審制度が定着しているのに、なぜ大陸法系国家は参審制度が主流になるのか、ミッテルマイエル(K.J.Mittermaier)博士が1865年に、ヨーロッパの陪審制度について検討した「欧米における陪審裁判所の有効性についての経験」という論文の英訳版をカナダの古本屋で買ったので、それをもとに考えていきたいです。


 まず、大陸法には、糺問主義という、中世ヨーロッパの異端尋問や遠山の金さんの時代劇の様に、1人の人間が検察官と裁判官を兼ねて、事件を捜査して、判決を出す刑事訴訟手続があります。ミッテルマイエル氏の論文によると、ドイツやフランスでは、もともと糺問主義的な刑事訴訟法の上に、陪審制度をつないだために、いろいろな点で、無理が生じたのである。その最も重大な欠陥は、ドイツやフランスの陪審制度が、設問(発問)の制度(Fragestellung)をとっていた事であるであり、これを改善するためには、この制度を改善するか、または全廃して、英米法系の形式、つまり陪審員が起訴された犯罪について、直接、犯罪の有罪か無罪かの答申する形式を採用するしかない。

 また、フランスやドイツの様に、裁判長が、証人や被告人の尋問をする制度は不適当であり、英米法系諸国の様に、交互尋問をするべきだ、と主張しています。つまり、ミッテルマイエル氏のいいたい事は、大陸法系諸国においては、もともと官僚裁判官中心の裁判である形式をとっていて、その訴訟手続も、これに適合する様に、糺問主義的な構造であったものに、イギリスの様な英米法系諸国の陪審制度を取り入れようとしたために、ドイツやフランスの陪審制度が上手くいかなかった原因である、という事です。

 だから、フランスやドイツで陪審制を定着させるためには、訴訟構造を根本から、英米法にしなければいけない、としています。そのような刑事訴訟改革により、ドイツは、陪審制度を必ず定着できる、と結論づけています。現実は、ドイツで、比較的、軽い事件で取り扱っていた参審制度という、裁判官と一般人が刑事裁判の判決を出す制度が、陪審制度にとって代わられていき、1924年に、ドイツが参審制度だけになりました。

 日本でも、アメリカ占領軍の司法改革として、ユダヤ系ドイツ人の裁判官だったオプラー博士が、日本の陪審制度が定着しなかった理由が、大陸法系の訴訟手続の上に、ドイツやフランスの様に、陪審制度に、発問(設問)を設けていたからだと判断して、(オプラー博士の回想録を読むと、そうではないかと思います。)日本を英米法系の訴訟手続にしましたが、人間の考え方というのは、そう簡単に変えられないので、実質的には、大陸法系の訴訟手続のままになりました。

 ミッテルマイエル氏の論文は、今でも考えさせる内容ですが、その国の訴訟手続というのは、言葉と同じように、その国の文化を反映しているので、他の国の制度を真似る事はできても、それを自分の文化に適用させるのは難しいと思います。それでも、日本は、仏教や漢字などの外国の文化を自分の国に適用させた事がありますし、決して不可能ではないと思います。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(4)

GA 芸術科アートデザインクラス vol.2 初回限定版 [DVD]GA 芸術科アートデザインクラス vol.2 初回限定版 [DVD]
出演:戸松遥
販売元:エイベックス・マーケティング
(2009-12-04)
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 アメリカで、当時アメリカ占領下だったフィリピンに陪審制度を導入するかどうか、議論がされていた時に、後のアメリカ大統領になったタフト氏は、エール・ロースクールの卒業式で、この問題に関して、フィリピンの陪審制度導入について反対する演説をしました。

 大陸法は、国家権力(国会、行政、司法)の良心に多くを委ねる事で満足しているが、英米法では一般的な法律上の原則よりも、むしろ、訴訟手続の形式を主張して、個人を保護する事に重点をおいている。そして、訴訟手続で、最も重要なのは、陪審裁判を受ける権利である。(中略)

 そのアメリカでも、裁判官は、説示に欠かすべきではない事実について、意見を述べる事を禁止され、弁護人が被告のために作られた感情的な雰囲気を消す事が出来ない。少しでも、法律の手続に欠陥があれば、有罪者が無罪になってしまうのは、アメリカにおける刑法の実施が緩い証拠である。アメリカの陪審裁判がこの様なものであるので、これを一層、状況の悪いフィリピンに陪審制度を導入するべきではない。

 フィリピン人の知的水準が低い。(100年以上の前の話です。)そして、国家と被告の間に立つ陪審員は、国家の福祉以外の動機で動かさせる事になるであろう。フィリピンには、大陸法で行われ、陪審制度に必要不可欠な証拠法の整備がない。(以下、省略)

 このタフト氏の批評は、いろいろな批判を受けましたが、アメリカ大統領になるだけあって、100年以上たった今でも、いろいろと参考になります。陪審制度を導入する利点は、裁判官と違って、権力者に人事権を握られていないので、公平な判断が期待できます。

 その代わり、法解釈の専門家ではない一般人を司法参加させるためには、証拠法の詳細な整備や裁判官の説示が重要になってきます。12人の一般人を裁判所に入れるだけでは、逆効果になります。裁判員制度の様に、6人の一般人を入れたものの、法務官僚が裁判員法に、あれだけ欠陥を入れると、無実の人が冤罪で苦しむ状況が変わらない上に、一般人の感覚を入れている建前があるので、逆転無罪や再審への道が閉ざされています。

 タフト大統領の語っているように、日本を含めたヨーロッパ大陸国家は、権力者の良心に多くを委ねています。陪審制度の必要不可欠な証拠法の整備が不十分だったので、陪審制度が完全に定着せずに、裁判官と一般人が判決を下す参審制度が主流になったのかもしれません。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(3)

緋色の十字架〈下〉 (ヴィレッジブックス)緋色の十字架〈下〉 (ヴィレッジブックス)
著者:キャサリン サトクリフ
販売元:ソニーマガジンズ
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 かつて、最高裁判所長官だった田中耕太郎判事は、裁判が世論などの雑音に影響される事をもっとも恐れ、しばしば裁判官に警告したり、司法論文にして、これを発表した事がありました。この世論などの雑音というのは、裁判官は、思いこみや偏見をもって、裁判をしてはならないという事です。昔、東京地裁判事だった熊谷弘氏が、この言葉を、一般人が裁判に口出しをしてはいけないという意味に解釈しましたが、そういう法律家の思いあがりが、裁判の誤判につながります。

 英米法系諸国は、裁判の過程に、国民感情などが入ってしまうと、裁判の事実認定よりも、どうしても国民に嫌われない様な判決を出してしまう危険性がある事を知っています。だからといって、主権は、国家権力の納税者でもある国民にあるので、国民は知る権利を持っています。だから、英米法系諸国では、ジャーナリストが裁判の過程だけを報道して、裁判官に思いこみや偏見を持たない様にさせます。

 日本の様に、国民が関心を持っている裁判があると、マスコミが、この被告を有罪にするか、無罪にするか、刑罰をどれくらいにするかと書くのは、異常だと思います。しかも、アメリカで起きた服部君射殺事件の様に、無罪判決が出たのに、「だから、陪審制度は駄目なんだ。」とアメリカの陪審制度と日本の停止中の陪審法まで批判をするから、ネット言論から「日本のマスコミは、『マスゴミ』だ。」と言われるのではないでしょうか。

 フランスのドレフュス事件というユダヤ系フランス人の大尉が1894年にスパイの容疑で逮捕されて、1908年に無罪判決が出るまで、マスコミがドレフュス大尉が新犯人である様に報道したので、フランス陸軍が名誉を守るために、軍事法廷で、スパイの人が書かれた書類と筆跡が違うという無実の証拠を無視した上に、その証拠の反対尋問権を認めず、無理な論理で、有罪判決を下した事がありました。

 今のフランスの様な大陸法系諸国が、ドレフュス事件の報道や日本の様に、裁判過程まで、口をはさむとは思えませんが、日本のマスコミは「マスゴミ」と言われたくなければ、国民が関心をよせる裁判でも、冷静に報道して欲しいです。日本の裁判員制度が陪審制度の様になった時は、特に、陪審員の方に、思いこみや偏見を持たせない様にして、冤罪をできるだけ防ぐ様な報道をする様に頑張ってもらいたいです。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(2)

生徒会の一存1 (角川コミックス ドラゴンJr. 143-1)生徒会の一存1 (角川コミックス ドラゴンJr. 143-1)
著者:10mo
販売元:富士見書房
(2009-05-09)
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 大陸法について考える場合、その基盤になっている糺問主義について説明します。糺問主義(Inquisitorial System)というのは、1人の人が検察官と裁判官を兼ねて、事件を捜査して、判決を出す刑事訴訟手続で、中世カトリックの異端尋問や時代劇の「遠山の金さん」の様に、江戸時代に行われた「お白州裁判」の様なものです。法律書や司法研究書の中には、糺問主義を糾問主義と書かれている事がありますが、意味は同じです。

 フランスなどのヨーロッパ諸国や日本帝国の様に、大陸法系諸国では、糺問主義の変形である職権主義が採用されています。検察官と裁判官の権限を持ち合わせた予審判事が事件を捜査して、被告人を有罪と判断した場合は、身柄を検察庁に送ります。検察庁は、自動的に被告人を裁判所に送り、陪審裁判にかけるという制度です。ただ、日本帝国の陪審裁判は、皇室に対する犯罪や治安維持法は対象外になっていました。

 予審判事が公判にかけるべきと判断した場合は、その時点で、実質的に「仮の有罪判決」が出ています。公判では、これを認めるか、証拠不十分として無罪判決を下すかが争われます。つまり、職権主義は中央集権国家体制の様な所があり、予審判事に強大な権限が与えられています。

 そのため、大東亜戦争後に、アメリカ占領軍の司法改革を担当したオプラー博士(Alfred Oppler)達が、日本の刑事訴訟法を大幅に改正して、糺問主義から、当事者主義という検察官と弁護士の主張を対決させて、真実を見つけようとする制度になりましたが、アメリカ占領軍が天皇陛下に対して、人間宣言をさせたために、官僚をの権限を抑えこんでいた皇室の権威が弱くなり、官僚の権限がさらに強くなりました。

 糺問主義は官僚の権限が強くて、陪審制度がなかなか定着しなかったので、当事者主義に変えたオプラー博士達の判断は間違っていないと思いますが、アメリカの大陪審の変形である検察審査会を、国民の司法参加を嫌がる法務官僚の圧力を抑えて、導入しましたが、それよりも大東亜戦争終戦後に復活させるはずだった停止中の陪審法を、法務官僚のすさまじい反発を抑えてでも、復活させるべきだったと思います。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(1)

嫌われ者の流儀嫌われ者の流儀
著者:堀江 貴文
販売元:小学館
(2011-06-14)
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 英米法系の刑事裁判では、当事者主義(Adversary System)をとります。これは、原告と被告人の当事者が、裁判官の前で、お互いの主張をぶつけて、論争によって、判決を下してもらうという手法です。対立する当事者同士が、公平な審判の前で、勝敗をつけるという意味です。かつて、ヨーロッパ諸国や日本で、剣を使った決闘が、刑事裁判に変わったという歴史があるそうです。

 今の日本の刑事裁判でも採用されている当事者主義は、検察官を国家権力の代理人(Attorney)として、もう一方の当事者である被告人の代理人である弁護士と対決して、真実を見つけ出す事を目的としますが、日本の場合、裁判官の人事権が法務官僚に握られているので、停止中の陪審法を改良復活するなどして、この問題点を改善しないと、全く意味がありません。

 当事者主義と相対するのが、大陸法系の糺問主義(Inquisitorial System)です。または職権主義ともいいます。糺問主義とは、1人の人間が検察官と裁判官を兼ねて、事件を捜査して、判決を下してもらうという刑事訴訟手続の事です。Inquisitorialとは、「宗教裁判所の様な」という意味があり、中世カトリックの異端尋問が刑事裁判に変わったという歴史があるそうです。

 日本でも、遠山の金さんという人気のあった時代劇があり、主人公の金さんが事件を捜査して、容疑者を逮捕して、白州で裁判をして、判決を下すという「お白州裁判」と呼ばれている刑事裁判が江戸時代に行われていましたが、「嫌われ者の流儀」(堀江貴文著、茂木健一郎著、小学館)という対談本でも、堀江貴文(ホリエモン)氏が、今の刑事裁判は、江戸時代のお白州裁判に近代刑事裁判の衣を着せただけだ、と指摘しました。

 アメリカの法律家の中には、法解釈に影響を及ぼす陪審制度を嫌っている人がいると、カナダで買った本に書いてありましたが、それでも陪審制度が日本の様に停止されないのは、官僚の権限がそれほど大きくないのでしょう。日本のお白州裁判とヨーロッパの異端尋問の裁判はかなり似た様な所があり、日本にしても、ヨーロッパ諸国にしても、官僚の権限が非常に強くて、そのために、陪審制度の様に、治安の安定を目的にする国家権力にとって都合の悪い存在を何とかして封じこめようとしているのかもしれません。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」

生徒会の一存2 (角川コミックス ドラゴンJr. 143-2)生徒会の一存2 (角川コミックス ドラゴンJr. 143-2)
著者:10mo
販売元:富士見書房
(2009-10-10)
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 自分が1996年から1年間ほど、カナダに留学している時に、カナダ人の友人から、「なぜ、日本で停止中になっている陪審法を再起動させるのが難しいのですか。」と質問された事がよくありました。確かに復活を予定しながら、50年以上も停止している法律など、日本の大正陪審法くらいしかないと思います。陪審法の改良復活にかかわっている人なら、日本の法務官僚の権限があまりにも大きく、刑事裁判の事実認定を国民にゆだねる陪審法を導入するのも嫌がりますし、たとえ法務官僚が刑事裁判に一般人を関わらせても、大正陪審法や裁判員法の様に欠陥を作り、国民に司法参加をさせるのを嫌がります。

 日本はヨーロッパ大陸の様な大陸法国家に属していて、官僚の権限が大きいというのは、カナダに留学が決まる前から、陪審法関係の本や法律書を読んでいたので、なんとなくわかっていました。カナダで読んだ本の中に、アメリカのシカゴ大学の法律家の方が、日本の陪審法が定着しなかった理由をいろいろ研究していて、日本は大陸法国家の様に官僚の権限が大きく、アメリカ占領軍が司法改革で、英米法の様に当事者主義(Adversary System)といって、裁判官の前で、検察官と弁護士のお互いの主張をぶつけて、裁判官が結論を出す手法に変えても、検察官の強大な権限が変わらないからではないか、と分析していたそうです。

 このシカゴ大学の法律家の本を直接見たわけではないので、詳しい事はわかりませんが、確かに、ヨーロッパ大陸で陪審制度を導入しても、裁判官と一般人が一緒になって事実認定をする参審制度になりやすくなる傾向があります。日本の大正陪審法でも、法務官僚の凄まじい反発で、陪審員の評決が気に入らなければ、陪審裁判のやり直しが出来るという制度ができましたし、停止中の陪審法を改良復活するはずだったのが、参審制度に、検察官控訴を認める裁判員制度ができあがりました。

 カナダ人から、「日本の民主主義はポーランドの様に弱い。」とよく言われましたが、日本はヨーロッパ大陸国家によく似ています。大陸法系諸国は、日本も含めて、なぜ陪審制度が定着しないのか、という理由を知りたくて、カナダで買った本を読んだり、カナダの陪審裁判を見学して、いろいろ自分なりに考えました。

第6話「裁判批評と表現の自由」(15)

裁判官のかたち裁判官のかたち
著者:毛利 甚八
販売元:現代人文社
(2002-03)
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 1942年に起きた横浜事件の続きですが、横浜事件は、経済学者の細川嘉六氏が、「改造」という雑誌に掲載された「世界史の動向と日本」という論文をきっかけに、中央公論社、改造社、日本評論社、岩波書店、朝日新聞社の編集者を巻き込み、49人という逮捕者を出した大東亜戦争中の言論弾圧事件です。

 横浜事件に巻き込まれた、中央公論社の畑中繁雄氏が書かれた「覚書昭和出版弾圧小史」という本があるので、今回はそれを参考にして書きますが、予審といって、裁判官が公判で審議するか、控訴棄却をするか判断する時に、当時(1945年6月9日)、被疑者だった畑中繁雄氏は、取り調べ中に拷問を受けて、嘘の自白をした事を話すと、担当の予審判事(Investigating magistrate prosecutor)だった関重夫判事は、「何でも素直に答えなさい。」と優しい表情だった顔色を変えて、睨みつけたそうです。

 畑中繁雄氏の回想録によると、「君は警察でも検事調べでも、それをちゃんと認めたじゃないか。わたしはそれを君の立派な態度とおもっていた。それをここで否認するのは老獪な左翼的法廷戦術だ。それをあえてする君がまさに共産主義者たる動かぬ証拠ではないのか。」と言われたそうです。

 横浜事件で問題なのは、警察官が取り調べ中に、すさまじい拷問をして、5人の方が命を落とした事ですが、裁判官が「やってもない事をやったと言うわけがない。」という思いこみをする事に問題があります。「神戸事件」という、1997年に何者かによって、12歳の少年が殺害された上に、首を切断されて、学校の校門の前に放置された事件で、知り合いの14歳の少年が犯行声明文の筆跡と違うという無実の証拠があるのに、精神的拷問を受けて、自白をした事がありました。

 漫画家の小林よしのり氏は「ゴーマニズム宣言」で、この自白を信用したので、多くの読者が14歳の元少年がやったと思う様になりました。さらに「裁判官のかたち」(毛利甚八著、現代人文社)で、裁判官の方がこの自白だけで、元少年を真犯人と確信する様なインタビューを著者の方に話していました。小林よしのり氏や裁判官の様に発言力の強い方が言うと真実の様に錯覚を起こしてしまいます。

 横浜事件の様な言論弾圧事件は、雑誌メディアとネット言論が検察庁と警察官に睨みをきかせているので、日本が戦争に巻き込まれない限り起きないでしょうが、横浜事件の様に、取り調べ中に精神的拷問や肉体的拷問をする可能性があるので、アメリカの様に取り調べ中は弁護士と一緒に取り調べをしてもらうか、小沢一郎氏が頑張って、取り調べ中の一部始終を録画する法案を成立してもらう様に頑張って欲しいです。

第6話「裁判批評と表現の自由」(14)

ある弁護士の歩み (1968年)
著者:海野 普吉
販売元:日本評論社
(1968)
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 横浜事件というのは、経済学者の川田寿氏と細川嘉六氏の逮捕から始まり、中央公論社と改造社と日本評論社と岩波書店と朝日新聞社などの大手出版社の編集者を巻き込んだ大東亜戦争中の言論弾圧事件の事です。警察や検察が大暴走した事件のために、事件の内容や自白調書がくるくる変わるという冤罪事件のパターンであるから、事件の詳細を語るのが難しいので、横浜事件について説明している本が少ないのは、そのためです。

 この横浜事件の弁護を担当した海野普吉弁護士の「ある弁護士の歩み」(海野普吉著、日本評論社)によると、細川嘉六氏が雑誌「改造」の1942年8、9月号に掲載された「世界史の動向と日本」という論文で、「ソ連が多くの異民族を抱えながら、各民族の自主を認めて融和し、5ヵ年計画を立派に成し遂げた事や、資本主義国は最近、20年間に行き詰りの一途をたどり、列強間の対立が激化した結果、第二次世界大戦を迎えた事、支那・印度における植民地政策では駄目で、民族の自由と独立を尊重するソ連に学ぶべきである。」と8、9月号掲載分、合わせて54ページの論文を主張しました。

 この論文が共産主義の宣伝とされ、発禁処分では過ぎず、1942年9月14日に逮捕され、どんどん逮捕者が増加して、49人の事件関係者が逮捕される事になりました。ここからが問題なのですが、取り調べ中に、あまりにすざましい拷問をしたために、5人の方が命を落とす事になりました。事件の弁護を担当した海野普吉弁護士も、被告人達を司法取引で早く裁判を終わらせ、刑罰をできるだけ軽くする道を選びました。被告人を地獄の様な環境から解放するべきだと判断したのは、妥当だと思います。

 事件が終わってから、拷問を受けた事件関係者が横浜刑務所の地名である笹下(ささげ)という名前を取って、「笹下会」という会を作り、拷問した警察官を告訴しました。取調べをした松下英太郎警部と柄沢六郎警部と森川清三警部が起訴され、横浜地裁は、1948年に、特別公務員暴行傷害で、有罪判決を下し、松下英太郎氏を懲役1年6ヶ月、残る2人を懲役1年の実刑にしました。そして、最高裁が一審判決を支持するという、拷問が裁判上、認定された珍しい例です。今では、拷問による自白をとっても、捜査官は責任をとらなくてもいいという事を考えると、裁判所は見習って欲しいと思います。

 それにしても、旧陪審法が治安維持法や出版法の適用を受けていたなら、取り調べ中に拷問を受ける事もなく、取り調べた警察官が刑務所に行く事がなかったでしょう。大東亜戦争の様な国運を賭けての状態でも、陪審裁判なら、無理な捜査をすれば、男性陪審員から、裁判中に批判されるので、横浜事件は細川嘉六氏の逮捕だけですんだかもしれません。陪審裁判なら、「世界史の動向と日本」という論文を読んで、日本の目指す「東亜新秩序」は、南方の民族政策をソ連の長所を見習い、日本人が原住民と平等の立場で提携して欲しいという愛国心から書かれたと判断し、無罪評決を下し、裁判長も無罪を認めたでしょう。

第6話「裁判批評と表現の自由」(13)

気骨の判決―東條英機と闘った裁判官 (新潮新書)気骨の判決―東條英機と闘った裁判官 (新潮新書)
著者:清永 聡
販売元:新潮社
(2008-08)
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 今回は、日本帝国の言論弾圧事件として有名な尾崎行雄不敬事件について書きたいと思います。1942年4月、大東亜戦争中に唯一行われた翼賛選挙が行われました。反東条派として非推薦で立候補した尾崎行雄氏が、同士である田川大吉郎氏のための応援演説中に、天皇陛下に対する不敬の言葉があったとして起訴された事件です。

 不敬罪という報道に関わらず、右翼テロが騒がなかったのは、尾崎行雄氏の政治家のしての品格の高さだけではなく、治安維持法の成立に反対したり、軍縮を推進したり、1937年には暴走する軍部を批判する演説を行ったために、軍部や検察あたりから事件を行ったのだろうとわかったのでしょう。

 1942年10月から一審の刑事裁判が開かれました。尾崎行雄氏の弁護人は、海野普吉弁護士と鵜沢聡明弁護士という有名弁護士が担当しました。この当時は、戦時刑事特別法が施行されていたので、被告人1人につき、2人しか弁護士をつける事が許されませんでした。12月に、懲役8ヵ月、執行猶予2年という有罪判決を下されたので、大審院(今の最高裁)に上告しました。裁判所構成法戦時特例4条2号で、不敬罪について控訴が出来なかったからです。

 上告審の担当をしたのは、「裁判の書」の著書で知られる三宅正太郎氏を裁判長とする大審院第3刑事部でした。1943年6月23日に、大審院は、尾崎行雄氏の上告事件を調べなおすという方針を明らかにしました。そして、1944年4月14日、4月21日、5月9日と3回にわたって開かれ、1944年6月29日に無罪判決を言い渡しました。

 三宅正太郎判事を中心とする大審院は、被告人を「明治大正昭和ノ三代ニ仕フル老臣ナリ。其ノ憲政上ニ於ける功績ハ世人周知ノトコロ」という格調高い判決文を出して、不敬罪の成立を否定しました。ちなみに、三宅正太郎判事は、1945年6月にも、無協会派のクリスチャンであった浅見仙作氏の治安維持法違反の事件も無罪判決を出した事でも有名です。

 戦争中はどこの国でも、検察や警察の様な行政権力が暴走して、言論の自由が侵害されやすくなるのに、その重圧の中で、事実の証明がないという形で無罪の判決をして、言論擁護を死守しました。そして、大東亜戦争中の翼賛選挙を一部無効にした判決がありますが、これは「気骨の判決」(清永聡著、新潮社)で書かれているので、本屋で買って読んで見て下さい。

第6話「裁判批評と表現の自由」(12)

生徒会の一存 3 (ドラゴンコミックスエイジ と 1-1-3)生徒会の一存 3 (ドラゴンコミックスエイジ と 1-1-3)
著者:10mo
販売元:富士見書房
(2010-04-09)
販売元:Amazon.co.jp
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 1937年に、軍部批判をした河合栄冶郎氏を言論弾圧して、刑事裁判の一審判決で無罪になりましたが、無罪判決を出した石坂修一判事を左遷させ、逆転有罪判決に持ち込みました。もちろん、それだけで終わったわけではなく、大東亜戦争中の総選挙で、政治家の尾崎行雄氏が天皇陛下に不敬をしたという尾崎行雄不敬事件や大東亜戦争中に、評論誌「改造」(作家の大沸次郎氏が『ドレフュス事件』を書いた雑誌)の論文がきっかけになり、多くのジャーナリストが逮捕され、取り調べ中の拷問で、5人の命を落とした横浜事件まで発展しました。

 言論の自由がほとんどなくなったために、山本五十六長官がロッキード戦闘機に暗殺される事件が起きたのに、朝日新聞が徹底抗戦を叫んだせいで、多くの犠牲者を出すことになりました。言論の自由がある程度保障されていれば、山本五十六長官の様な英雄が戦死した場合、帝国海軍が崩壊する事はわかりきっているので、朝日新聞もどのような条件でも講和するしかないと主張したでしょう。

 この一連の事件の教訓は、検察官控訴を認めてはいけないという事です。刑事事件で無罪判決が出たという事は、検察官の証明に欠陥があったという事なので、検察官側が控訴をする事は、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反しています。日本国憲法39条は、「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」という規定は、1950年9月27日の最高裁判決で、無罪判決が確定すれば、その事件はむしかえす事が出来なくなるという「一事不再理」という意味である、と解釈されました。

 そこで、1996年に、1年間ほど、カナダの大学に留学していた時に、憲法39条の原文である「ひとたび、追訴手続から放免された行為(無罪判決、免訴)について、有罪か無罪かを審議される危険を二重に受けさせる状態を禁止する」という条文をどう解釈しますか、と尋ねたところ、要するに「二重の危険(Double Jeopardy)」の事ではないのか、と答えてくれました。ちなみに、この二重の危険は、無罪判決に対する検察官控訴の禁止の事と解釈すると言われました。このあたりは、一般の日本人の解釈と同じだな、と感じました。

 それが日本の最高裁では、無罪判決が確定するまで、検察官控訴出来るという意味に解釈されている、と説明すると、なぜ日本人は誰も文句をいわないのだ、と言われました。自分達はもちろん、そう訴えていますし、冤罪事件で苦しんでいる弁護士会もそう訴えていますし、おそらく人権規約委員会も検察官控訴の廃止を訴えてくれていると思いますが、官僚は国民の税金で雇われているのに、国民がクビに出来ないから、法務官僚が好き勝手にしているから、と答えると、カナダ人もあきれていました。

 カナダ人も理解出来ないのですが、自分達の様な日本人も理解出来ません。元裁判官の井上薫氏の様に、法律家というだけで、なぜあれだけエリート意識が強いのか、事実認定に、法解釈の専門家でも、一般人でも、全く解釈が変わらない事がわからないのか、よくわかりません。法務官僚は、自分が特別な人間という思い上がりを捨てて、もう少し弱い立場の人の事を考えて欲しいです。

第6話「裁判批評と表現の自由」(11)

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 1937年に起きた河合栄冶郎事件で無罪判決を出した石坂修一判事が法務官僚の圧力を受けて、左遷されたために、逆転有罪判決を受けました。それと同じ事が、1997年に起きた東電OL殺人事件で無罪判決を出した大渕敏和判事が法務官僚の圧力を受けて、左遷されたために、逆転有罪判決を受けて、今、弁護団が再審無罪を取れる様に頑張っているのですが、検察官控訴の廃止という規定があれば、こんな事にならなかったでしょう。

 日本国憲法39条の「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」という二重の危険の項目は、アメリカ合衆国憲法修正5条の「No person shall be subject for the same offence to be twice put in jeopardy of life or limb.」(誰もが、同一の犯罪について二度も生命や身体の危険にさらされてはならない。)という「Double Jeopardy」(二重の危険、検察官控訴の廃止)という法律用語からのコピーという事がわかると思います。おそらく、日本占領軍の司法改革担当者だったオプラー博士達が、河合栄冶郎事件が検察官控訴を認めたために、逆転有罪判決が起きた事を知って、日本国憲法にこの規定を入れたのでしょう。

 だから、本当なら、検察官控訴は憲法違反になるのですが、1950年9月27日に最高裁でこの問題の判決が下り、「無罪判決が確定すれば、その事件をむしかえす事が出来なくなるという『一時不再理』と解釈するという意味である。」とされました。この最高裁の法解釈のために、名張毒ぶどう酒事件では、逆転死刑判決が下った事を考えると、一刻も早く検察官控訴を廃止するべきでしょう。

 二重の危険の項目があるアメリカでも、服部君射殺事件で、射殺された日本留学生のカメラが銃に見えた可能性があったとして、無罪判決が確定しましたが、民事訴訟では、射殺したピアーズ氏が完全に敗訴しました。つまり、二重の危険の原則が適用されるのは、刑事裁判だけであり、実際は二度、審理される可能性があります。東電OL殺人事件や名張毒ぶどう酒事件で、無罪判決に文句があるのであれば、無罪判決を出した裁判官を左遷されて、圧力をかけるのではなく、民事訴訟をするべきだと思います。実際、両方の事件で民事訴訟を起こしても、法務官僚の圧力がかけられないので、被告の方が勝訴すると思いますが・・・。

第6話「裁判批評と表現の自由」(10)

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 1938年10月に、軍部批判をした東京帝国大学教授だった河合栄治郎氏の著書4冊が言論弾圧を受けた河合栄冶郎事件ですが、この事件の一審で、弁護人だった海野普吉氏は、出版法27条に定められている社会秩序を妨害したり、公共風俗を乱したりする本である、という検察側の主張に対して、河合栄冶郎氏や発行人である日本評論社社長だった鈴木利貞氏は犯罪をしている認識がなかったと反論しました。

 出版物の公共性から考えて、出版法に触れる様な書物なら、当然、直ちに検挙されるはずなのに、4冊の書物(「ファッシズム批判」、「時局と自由主義」、「改訂社会政策原理」、「第二学生生活」)とも重版を重ね、内務大臣に発禁を命じられるまでは、警告を受けなかった事を考えれば、ホームズ判事が「明白かつ現在の危険を招く言動のみ、政府が言論規制できる。」という基準に違反しなかった事がわかります。

 問題になった書物は、「河合栄冶郎全集21巻」にあるので、古本屋で見かけたら、読んで見てください。それと、一審の公判の証言では、警視庁でも1938年の夏ごろまでは、問題にならなかったそうです。そして、海野普吉弁護士は、初版発行から、時効完成の1年が経過しているので、免訴の言い渡しを受けるべきであると、公訴の時効という法律問題を主張しました。

 1940年10月に無罪判決が言い渡されました。海野普吉弁護士の公訴権の消滅は認められませんでした。石坂修一判事の判断では、重版以降も発行の度に出版行為と見なすべきである。その代わり、河合栄冶郎氏や鈴木利貞氏には、犯罪をする意思がなかったとする主張を認め、犯罪要件が不足しているので、犯罪が成立しないと判断しました。一審の公判は、検察官の希望で、非公開の裁判にするという状況の中で、公平な判断ができたものだと感心します。

 無罪判決を下した石坂修一判事が法務官僚の圧力で左遷をされ、逆転有罪判決になりましたが、旧陪審法が希望すれば、どんな刑事裁判でも適用になるのであれば、同じ様な判断をして、検察官控訴ができないので、(その代わり、被告人控訴もできませんが。)無罪確定になったと思います。書物の内容の判断は、法解釈の専門家である裁判官よりも、一般人である陪審員の方が、被告人も納得できるのではないかと思います。あと、石坂修一判事の様に、法務官僚が左遷する事が出来ないので、陪審法成立の時に、政権与党だった政友会が頑張って欲しかったです。

第6話「裁判批評と表現の自由」(9)

思想は裁けるか 弁護士・海野普吉伝 (筑摩選書 17)思想は裁けるか 弁護士・海野普吉伝 (筑摩選書 17)
著者:入江 曜子
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 河合栄冶郎事件とは、1938年10月に、当時の東京帝国大学教授であり、2・26事件(青年将校達が高橋是清首相や斎藤実首相達を暗殺した事件)の様な暴力革命を批判した河合栄治郎氏の著書が、内務大臣によって発売禁止処分を受けました。この年の12月に警視庁も取調べで、河合栄冶郎氏を召喚して、1939年1月に違法を肯定する内容が出ました。これに基づき、東京地方裁判所検事局(今の東京地検)も取調べを始めて、この年の2月に検察官である栗谷四郎氏の名義で、東京地方裁判所に予審請求を出しました。

 予審というのは、裁判所が簡単な審査で、公判で審議するか、控訴棄却で無罪の様な取り扱いにするかで、この予審請求の結果、中野保雄判事は、この事件を公判にするべきだと決定を出しました。問題になった著書は「ファッシズム批判」、「時局と自由主義」、「改定社会政策原理」、「第二学生生活」の4冊で、これが出版法27条「安寧秩序ヲ妨害シ又ハ風俗ヲ壊乱スル文書図画ヲ出版シタルトキハ著作者、発行者ヲ十一日以上六月以下ノ禁錮又ハ十円以上百円以下ノ罰金ニ処ス」という規定に該当するというものであるかどうかが主な争点になり、海野普吉弁護士がこの裁判の弁護を担当しました。

 このあたりは「思想は裁けるか 弁護士海野普吉伝」(入江曜子著、筑摩書房)にも書かれているので、こちらの本も読んで欲しいのですが、一審で、河合栄冶郎氏とその著書の発行人である株式会社日本評論社の社長だった鈴木利貞氏は無罪判決を受けました。しかし、無罪判決を出した裁判長の石坂修一判事が、姫路地方の区裁判所所長に左遷され、さらに陪席判事だった兼平慶之助判事と三淵乾太郎判事が出世の機会を失ったために、次の検察官控訴の結果、逆転有罪判決を受けました。

 河合栄冶郎氏に罰金300円、日本評論社の社長だった鈴木利貞氏に罰金100円を言い渡されたので、すぐに大審院に上告しましたが、1943年6月に上告棄却になり、刑が確定しました。この事件で、一番残念だったのが、出版法が旧陪審法の対象外だったので、法務官僚が裁判官の人事権を悪用して、無理に有罪判決に持っていった事です。そして、次に残念だったのが、大審院の裁判長が三宅正太郎判事の様な立派な裁判官だったのに、一回の公判も開かれないまま、上告が棄却された事です。今の最高裁なら、「最高裁判事が腐っているから、仕方がない。」と諦めがつくのですが、大審院が忙し過ぎて、審議する時間がなかったのかと考えてしまいます。

第6話「裁判批評と表現の自由」(8)

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 今日、googleで、「友達」と何気なく検索してみたら、「僕は友達が少ない」(平坂読著、メディアファクトリー)という、今年の10月にアニメ化されたばかりの人気小説が出てきました。メディアファクトリーのライトノベルというよりも、自分は会話文が主体となっている様な小説の良さがあまり理解できないので、とりあえず、この人気小説のファンのサイトを読んで見ました。


 友達がいない男子高校生の主人公が、ヒロインの女子高校生が設立した「隣人部」という友達を作るクラブに入部して、頑張って友達を作ろうとする内容だそうです。友達を作るのが苦手なために、友達がいなくて寂しい思いをしたり、友達がいないために、イジメで苦労したりする人がよく漫画のテーマになったりしていたので、わかるのですが、友達がいない事を前面に押し出す様な小説が出て、それが人気小説になり、アニメ化をするという事は、日本人にとって共感できるテーマという事でしょう。

 もちろん、これだけ、ファンの方のサイトがあるという事は、この小説が完成度の高い内容だと思いますが、友達が作れなくて苦労した覚えがない自分はピンと来ませんが、友達が作れないと人間性に魅力のないという強迫観念を持っている日本人が多くなっているという事だと思います。

 おそらく、友達が多い方が社会性の高い人間といったレッテルをマスコミが押しつけたせいでしょう。マスコミは、友達が多い人が立派で、友達が少ない人がダメな人である様な白黒をはっきりつけた方がわかりやすいから、そうしているだけで、世の中はそう簡単に白黒をつけられるものでもありません。

 マスコミはすぐ白黒をつけてレッテルを貼るから、ネットメディアの方から、「日本のマスメディアは、『マスゴミ』である。」と言われているのを理解して欲しいです。友達がいなくても、それはその人の個性だから、世間から、同情をしたり、見下したりするのは、よくありません。それはともかく、ネット書店のHonya Clubで、この「僕は友達が少ない」の漫画版が3巻まで出ているので、とりあえず注文しました。

第6話「裁判批評と表現の自由」(7)

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 河合英治郎事件や横浜事件の様な言論弾圧事件について、暴走した検察官や警察官を批判をする事は簡単ですが、こうなったのは、権力を監視する役目を持っているマスコミは検察や警察や軍部である行政権力におもねってしまい、行政権力のいいなりになり、最後は横浜事件で、マスコミ関係者を中心に言論弾圧を受けて、取調べ中の拷問で5人の命を落とす最悪の事態になりました。

 旧陪審法は民意を反映させ、拷問による虚偽自白を避けるために成立させたのに、法務官僚が陪審法に欠陥をいれたのを見て見ぬふりをしていたので、国民を守るはずの国家権力によって、言論弾圧を受けましたが、マスコミはまったく反省していない様な気がします。たとえば、講談社の「歴史クロニクル」という分厚い本を読んでも、旧陪審法の事に全く触れていません。まるで、陪審法がないから、言論弾圧事件を受けた様な印象を受けます。

 1927年に発行された「陪審法の新研究」(梶田年著、清水書店)でも、法学士である著者が、陪審制度の適用範囲があまりにも狭いと批判しています。皇室に対する犯罪や内乱罪の様な同胞である国民の審判が必要な事件を受けられないのはおかしい、イギリスの陪審法では、刑事事件は基本的に陪審裁判を受けられるので、陪審裁判の範囲を拡大するべきである。それに殺人罪や放火で起訴されて、なお陪審裁判を受けるのは、無実の被告か証拠不十分の被告で、無罪判決を狙う不届き者しかいないだろうと主張されました。

 こういった本が2円50銭(今の貨幣価値で2500円くらい)で販売していたのに、マスコミは治安維持法が陪審法の適用外にされていたのを国民に訴えようとしませんでした。その後、1932年に作家の小林多喜二氏が治安維持法違反で逮捕され、取り調べ中の拷問で命を落としたのに、陪審制度の重要性に気がつかないふりをしていました。陪審法を成立させた高橋是清首相や原嘉道法相がいたので、この時なら陪審法の改正も出来たのに、マスコミは社会主義者ではないから、関係ないといった態度をとってしまったのが、残念です。

 そして、1939年の河合英治郎事件や1942年の横浜事件で、表現の自由が完全に侵害されました。今のマスコミも国家権力のいいなりになっているので、そろそろ態度を変えないと、とんでもないしっぺ返しを受ける様な気がします。自分もネット言論やブログで訴えていますが、漫画家時代の様な発言力が全くないので、マスコミ関係者で発言力のある方はフリーになって、権力の監視をして欲しいです。
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