第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(11)

GA -芸術科アートデザインクラス- TVアニメビジュアルガイドブック (まんがタイムKRコミックス)GA -芸術科アートデザインクラス- TVアニメビジュアルガイドブック (まんがタイムKRコミックス)
著者:原作:きゆづきさとこ
販売元:芳文社
(2009-12-26)
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 ミランダ事件は、1963年に、アメリカのアリゾナ州で起きた、当時18歳の少女に対する性的暴行事件で、性的暴行未遂事件の前科のあるミランダ(Ernest Miranda)氏が起訴された事件です。検察側では、最初に、警察官が信用できないとした少女の証言とミランダ氏の自白だけしかないのに、陪審裁判で有罪評決が出たのか考えてみます。

 少女が男性に全裸にさせられ、性的暴行を受けた恐怖のために、少女が処女ではないし、抵抗出来なかったのに、男性に抵抗した事や処女喪失した事という願望が記憶になってしまった事や性的暴行を受けたのが深夜で、男性の顔が暗くてはっきりしなかった事を考えると、少女の証言はあてにならず、ミランダ氏は無実と考えるのが普通です。

 あまり絵を描かない人が似顔絵を上手く描けない理由を考えてみると、少女の証言が信頼出来ないのが良くわかるのですが、絵を描くという事は、人間が見た景色を脳がそれを処理して、スケッチブックに脳が処理した情報を再現します。つまり、人間は機械の様に正確ではないため、あいまいな情報がマスコミの情報や警察官の尋問や近所の噂を聞いたりして、誤った情報になってしまう事があります。

 「GA 芸術科アートデザインクラス TVアニメ ビジュアルガイドブック」(まんがタイムきららキャラット編集部編、芳文社)で、声優の堀江由衣氏が、サイン色紙に出演したキャラクターの絵を描こうと思ったけど難しくて出来なかった、とおっしゃっていましたが、人間は見ている様で、はっきりと特徴を捕らえて見ていない、という証明になっています。

 そのために、反対尋問(Cross Examination)といって、証人に対して、相手側からの質問に答えなければいけないのは、そのためです。双方からの質問に的確に答え、矛盾がなければ、証人の信頼性が高まりますが、反対尋問で、整合性の欠ける答えを出すと、信頼性が損なわれます。証人は宣誓をした上で証言するので、嘘をついた事が明らかになると、偽証罪(Perjury)で起訴される事があります。

 別に、少女が嘘をついているとは思っていませんが、ミランダ事件の場合、事件が起こった直後に、捜査官に対して、少女は犯人像について、最初は、28歳くらいのメキシコ系の男性と話したのが、捜査官が質問を続けると、イタリア系の男性と答えました。人間の記憶は時間が経過するにしたがって、記憶が薄れるのが普通なのに、あいまいだった記憶がはっきりするとは考えられません。

 ミランダ氏の弁護士もこのあたりを反対尋問で的確に攻めるべきだった、と思います。陪審裁判は、公平な裁判を期待できますが、無実の人が無罪になるのは、弁護士の能力にかかっている所もありますし、日本の裁判員裁判が陪審裁判に近づける事ができれば、日本の弁護士も的確な反対尋問をしようと努力すると思います。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(10)

家栽の人 (3) (小学館文庫)家栽の人 (3) (小学館文庫)
著者:毛利 甚八
販売元:小学館
(2003-04)
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 ミランダ事件というのは、1963年に、アメリカのアリゾナ州で起きた性的暴行事件の事です。詳しく説明すると、1963年3月2日(金曜日)に、フェニックス市内の映画館の軽食堂で働いていた、当時18歳の少女が仕事を終えて、同僚と一緒に、午後11時45分発バスに乗って、1人で下車して、自宅へ向かっていたところ、突然、走り出してきた車にひかれそうになり、その車から1人の男性が、18歳の少女の口を塞いで、「騒ぐな!」と言いながら、少女を車に押し込み、手足をロープで縛り、車で20分くらいの所にある砂漠地帯に連れて行かれました。

 その後、車の車内で、男性が少女を全裸にした後に、性的暴行を受けました。性行為が終わった後、男性が少女に衣服を着るように言った後、現金を要求したので、少女が1ドル紙幣4枚を渡しました。その後、男性が車で少女を自宅近くまで送りとどけました。そして、少女が泣きながら、少女の母親と姉と義理の兄に事情を話したので、この事件が発覚しました。

 少女から事情を聞いた捜査官は、少女を検査のために病院に連れていきました。連絡を受けて、フェニックス市内の刑事が病院で少女から、事情を聞きました。犯人像について、細身の28歳くらいのメキシコ系男性と最初は答えましたが、さらに質問されると、イタリア系男性かもしれない、と答えが変わりました。

 さらに、この事件で、少女が処女喪失した事や抵抗した事を主張しましたが、膣内分泌物から精液が検出されたので、性的暴行を受けた事は事実とわかりましたが、少女の身体には、擦過傷などの抵抗の跡が認められず、少女が処女喪失していなかった事がわかり、刑事達は少女に、警察に虚偽の犯罪事実を報告すると処罰される事を警告しました。

 それなのに、警察官が強姦事件が増加して、不安になっている市民を安心させるために、少女の証言をもとに、強姦未遂事件の逮捕歴のあるミランダ氏(Ernest Miranda)を連行して、虚偽自白を生みだしたわけですが、少女は虚偽の証言をした訳ではないと思います。有罪評決を下した陪審員も、少女は嘘を言っていない、と判断したのでしょう。日本でも、捜査官による、すさまじい取り調べで、被疑者の記憶がだんだんと麻痺してしまい、やってもない事をやったと言う事は、数えきれないほどあります。

 少女が男性から全裸にさせられ、性的暴行を受けて、殺されるかもしれないという恐怖心から、抵抗しないといけない、と思っている事と恐怖のあまり抵抗出来なかった現実が、少女の記憶に混ざってしまったのでしょう。そのため、少女が抵抗した事と処女喪失した事が事実だと思って、刑事達に報告したのだと思います。自分達の様な日本人でも、この少女に同情をして、新犯人を逮捕して欲しかったと思いますが、この目撃証言は完全に信用は出来ません。もし、この時代に、今の様な精度の高いDNA鑑定があれば、ミランダ氏は起訴出来なかったでしょう。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(9)

家栽の人 (4) (小学館文庫)
著者:毛利 甚八
販売元:小学館
(2003-04)
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 ミランダ事件というのは、1963年にアメリカのアリゾナ州で起こった性的暴行事件で、ミランダ(Ernest Miranda)氏が、当時18歳の少女を性的暴行をしたという容疑で、警察署に連行されて自白をしたために、ほとんど証拠がないのに、この自白を信用するかどうか問題になりました。

 アリゾナ州の陪審裁判で有罪評決を受け、アリゾナ州の最高裁でも有罪判決を維持しましたが、合衆国最高裁判所は、「私達は、これを破棄する。警察官の証言から、そして検察側の承認するところによっても、ミランダはいかなる意味においても、弁護人と相談し、取り調べ中に弁護人を立ち会わせる権利を告知されていなかった事、そして自己自身の自白を強要されないという権利を他の何らかの方法で効果的に保護されなかった事も明らかである。彼が『法律上の権利』を『十分に理解した』様な記載の文言を含んだ供述書に署名したという事実は、憲法上の権利を放棄するために、必要とされる十分に理解して、理性的に放棄したという事にはならない。」として、5対4で有罪判決が破棄され、一審に差し戻されました。

 そして、アメリカ最高裁判所が、被疑者の権利を実質的に保障するため、
Before we ask any questions, you must understand your rights
(質問される前に、君は自分の権利を知っておく必要があります。)
①You have the right to remain silent.
(君には、黙っていい権利があります。)
②Anything you say can be used against you in court.
(君の言う事が法廷で、君の不利に使われる事があります。)
③You have the right to talk to a Lawyer for advise before we ask you qusetions and to have him with you during qusetioning.
(君は、弁護士と話して、助言を求める権利があり、取り調べ中の間も一緒にいてもらう事が出来ます。)
④If you cannot afford a lawyer,one will be appointed for you before any questioning if you wish.
    If you decide to answer qusetions now without a lawyer present, you will still have the right to stop answering at any time.You also have the right to stop answering at any time until you talk to a lawyer.
(弁護士を雇うお金がなく、希望するなら、取り調べの前に、国費で1人つける事が出来ます。もし、弁護士の立会いなしで、質問に答える事に決めても、君はいつでも止めていい権利があります。弁護士に話すまで質問に答えるのを止めたいのなら、君にはそうする権利があります。)
という「ミランダ警告」という規則を作りました。これに違反すると、捜査機関が自白をとっても、証拠にする事が出来ません。

 「ミランダ警告」は、日本の法学部を出た人やアメリカ人なら、誰でも知っているくらい有名なので、被疑者取り調べ関係の法律書や司法論文で取り上げていますし、陪審法の復活を目指している市民団体の方も注目していますが、肝心のミランダ事件についての誤判の研究が少しおろそかになっている様な気がします。停止中の陪審法が改良復活するにしても、裁判員法をできるだけ陪審制度に近づけるにしても、ミランダ事件を陪審員が有罪評決をしたのかを考えて、日本の刑事裁判に活かすべきだと思います。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(8)

家栽の人 (6) (小学館文庫)家栽の人 (6) (小学館文庫)
著者:毛利 甚八
販売元:小学館
(2003-05)
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 ヨーロッパ大陸国家や日本などの実質的に大陸法をとっている国には、糺問主義といって、1人の人間が検察官と裁判官を兼ねて、事件を捜査して、判決を出す訴訟手続をする考えかたがあります。日本を含め、ヨーロッパ諸国に陪審制度が導入された当時、ほとんどの国は、単に陪審裁判所の構成を定めるために、裁判所法の一部を改正して、陪審裁判の審理に適用するだけに過ぎなかった事が原因だったと思います。

 応急措置の手直しですましたために、根本的な刑事訴訟法の改革を行わなかったので、糺問主義の様な刑事訴訟法の基盤にしておいての陪審制度をそのままにした状態では、非常な障害になりました。裁判官と一般人が刑事裁判の事実認定をする参審制度なら、比較的、論理的な構造を持っているので、大陸法系の刑事訴訟法と極めて調和しやすい性格を持っている、とミッテルマイエル(K.J.Mittermaier)博士の「欧米における陪審裁判所の有効性についての経験」で述べられています。

 参審制度を代表する国であるドイツは、論理的な考え方や専門的知識の重視する人が多い事や官僚が国家権力の増大を狙っている事情があるので、官僚裁判官が主役で、一般人が脇役であり、官僚裁判官が視野が狭い点を一般人が補助する参審制度が定着したのでしょう。

 だから、日本でも「2ちゃんねる」をやられている人は非常に論理的な考え方をして、専門的知識を持っている方が多くて、官僚が国家権力の増大を狙っているので、停止中の陪審法を復活するよりも、参審制度がいいと考えている法律家が多いのですが、それなら検察官控訴を廃止して、ドイツの様に裁判官の人事権を独立する必要があります。裁判官の人事権を独立するには、刑事裁判の経験がある弁護士が参審制度の裁判官に起用する法曹一元制を導入するべきです。

 法務官僚が無罪率0.1%という独裁国家の様な実績を守るために、裁判官の人事権の独立を妨害するのであれば、やはり停止中の陪審法を改良復活する方が早いです。フランスや日本の様に、陪審制度と参審制度の中間の様な陪審制度なら、大陸法の糺問主義がかかった制度に調和します。陪審制度を導入しなければいけない理由は、拷問による虚偽自白で、無実の人が有罪になってしまった教訓があるからです。

 カナダの陪審裁判を見学して、納税者である国民が主役になり、裁判官が陪審員をコントロールするという英米法の陪審裁判に感動しましたが、それを見て、オプラー博士達が英米法系の刑事訴訟法に改正しようとしましたが、日本は大陸法国家だなあ、と感じました。日本にとって理想的な陪審制度は、フランスの様に、裁判官3人と陪審員9人による刑事陪審にするべきだと思いました。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(7)

デンマークの陪審制・参審制―なぜ併存しているのかデンマークの陪審制・参審制―なぜ併存しているのか
販売元:現代人文社
(1998-06)
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 ヨーロッパ大陸や日本の様に、実質的な大陸法国家で、陪審制度が成功している国として、あげるならスイスとデンマークでしょう。デンマークの陪審制度に関しては、「デンマークの陪審制・参審制」(日本弁護士連合会編、現代人文社)で、陪審制度の復活を目指している弁護士達が、デンマークの陪審制度や参審制度の調査報告書として、出版されているので、気になる人は本屋で注文してください。

 スイスの陪審制度についてですが、なぜ、スイスの陪審制度が成功しているのか、という背景ですが、これはカナダの古本屋で買った本の中に書いていたのですが、国民が共同体の仕事に関与する長年の習慣があり、陪審制度も上手くいく傾向があると分析しています。社会情勢や物事の処理の仕方がイギリスに似ているため、イギリスの様な陪審制度を身に付けることが出来たそうです。

 たしかに、陪審制度に限らず、外国の文化を吸収するという事は、ただ制度を真似るだけでなく、自分の国の文化に合う様に考えていかなければいけないという事でしょう。大場茂馬博士は、1915年に書かれた「陪審制度論」という本の中で、日本の陪審制度が成功とする目安として、「裁判の公正」と「裁判所に対する信頼」をあげられました。

 つまり、社会制度や裁判制度は、抽象的に優越を決める事ではなくて、具体的な社会的な条件のもとで、その国の国民から、歓迎され、また信頼を受ける内容を持っている事が一番大事な事である、と主張しているのでしょう。だから、ドイツや韓国の様に、陪審制度ではなくて、参審制度が自分達の文化に合っていると感じているのなら、それはいい事だと思いますし、その制度を守って欲しいと思います。

 ただ、日本の様に、多くの国民や陪審制度復活の市民団体が陪審制度を望んでいるのに、法務官僚の都合で、検察官控訴を認める参審制度である裁判員制度を作ったのは、やはり問題があると思います。もちろん、裁判員制度のおかげで、今までの様に、いい加減な捜査や逮捕が出来なくなり、裁判所の信頼を取り戻しつつありますが、裁判所が日本人から信頼されて、磐石の基礎を築くには、多くの日本人が望んでいる様な、国民の司法参加の形である陪審制度を復活してもらいたいです。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(6)

日本 権力構造の謎〈下〉日本 権力構造の謎〈下〉
著者:カレル・ヴァン ウォルフレン
販売元:早川書房
(1990-09)
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 ミッテルマイエル(K.J.Mittermaier)博士の「欧米における陪審裁判所の有効性についての経験」によると、大陸法系諸国に根強く残っている糺問主義という、中世ヨーロッパの異端尋問や江戸時代の刑事裁判の様に、1人の人間が検察官と裁判官を兼ねて捜査して、判決を出す刑事訴訟手続といった伝統を克服しないかぎり、形式を真似ても、なかなかイギリスの様な英米法諸国の様な陪審制度を実施する事が難しいと書かれています。

 日本人になじみのあるヴォルフガング・ミッテルマイエル氏も陪審制度の研究をしていますが、この論文を読む限りでは、別人だそうです。ヴォルフガング・ミッテルマイエル氏は、法律家のリープマン(M.Liepmann)氏と一緒に、ドイツの陪審制度が参審制度という裁判官と一般人が判決を下す制度になる過程をまとめた「陪審裁判所と参審裁判所」という論文が1908年と1909年に2巻分、出版された事があるとカナダの古本屋で買った本に書かれていました。

 ヨーロッパ諸国で、現在も陪審制度を維持している国は、スイスやベルギー、ギリシャ、デンマーク、スウェーデン、そして、陪審制度を復活したロシアやスペインですが、ロシアやスペインを除くと、ほとんどの国が、比較的小さい国ですが、ドイツなどの大きな国は、参審制度になります。フランスは、一応、参審制度の形をとりながらも実質的に陪審制度ですが、裁判制度というのは、抽象的に優劣がつけられない所があります。

 カナダに留学していた時に思った事ですが、アメリカやイギリスの様な英米法系諸国の陪審制度は、比較的、似たような制度であるのに対して、大陸法系諸国の陪審制度は多種多様の制度をとっています。ヨーロッパ諸国や日本に根強く残っている糺問主義と陪審制度のすり合わせが難しい事を指しているのかもしれません。

 日本でも、旧陪審法の時は、陪審員の評決を裁判長が採用するか、それとも陪審裁判のやり直しを命じるかどうか決定する権限があり、今のフランスの様な陪審制度と参審制度の中間といった感じの制度でしたし、今の裁判員法は、検察官控訴を認める参審制度の様な感じですから、実質的に大陸法系国家が陪審制度を導入する事の難しさを示しています。

 日本で、陪審制度を導入するきっかけのは、1910年に、社会主義者の幸徳秋水達が明治天皇の暗殺計画があった疑いで死刑になった大逆事件で、拷問による自白だけが証拠になったので、一般人を司法参加する事で、冤罪をできるだけ防ぐという目的がありました。だから、英米法系の陪審制度でなくても、拷問による自白を防ぐ事ができるなら、大陸法系の陪審制度でいいと思います。まあ、現実問題として、今の裁判員法をできるだけ改良して、いい加減な自白調書だけでは、有罪は取れない様に、法整備をしなければいけません。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(5)

家栽の人 (6) (小学館文庫)家栽の人 (6) (小学館文庫)
著者:毛利 甚八
販売元:小学館
(2003-05)
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 ドイツなどのヨーロッパ大陸法国家が裁判官と一般人が刑事裁判をする参審制度になり、実質的に、大陸法系国家である日本も、陪審制度復活の運動の結果、裁判員制度という、検察官控訴を認める参審制度になりました。英米法国家では、陪審制度が定着しているのに、なぜ大陸法系国家は参審制度が主流になるのか、ミッテルマイエル(K.J.Mittermaier)博士が1865年に、ヨーロッパの陪審制度について検討した「欧米における陪審裁判所の有効性についての経験」という論文の英訳版をカナダの古本屋で買ったので、それをもとに考えていきたいです。


 まず、大陸法には、糺問主義という、中世ヨーロッパの異端尋問や遠山の金さんの時代劇の様に、1人の人間が検察官と裁判官を兼ねて、事件を捜査して、判決を出す刑事訴訟手続があります。ミッテルマイエル氏の論文によると、ドイツやフランスでは、もともと糺問主義的な刑事訴訟法の上に、陪審制度をつないだために、いろいろな点で、無理が生じたのである。その最も重大な欠陥は、ドイツやフランスの陪審制度が、設問(発問)の制度(Fragestellung)をとっていた事であるであり、これを改善するためには、この制度を改善するか、または全廃して、英米法系の形式、つまり陪審員が起訴された犯罪について、直接、犯罪の有罪か無罪かの答申する形式を採用するしかない。

 また、フランスやドイツの様に、裁判長が、証人や被告人の尋問をする制度は不適当であり、英米法系諸国の様に、交互尋問をするべきだ、と主張しています。つまり、ミッテルマイエル氏のいいたい事は、大陸法系諸国においては、もともと官僚裁判官中心の裁判である形式をとっていて、その訴訟手続も、これに適合する様に、糺問主義的な構造であったものに、イギリスの様な英米法系諸国の陪審制度を取り入れようとしたために、ドイツやフランスの陪審制度が上手くいかなかった原因である、という事です。

 だから、フランスやドイツで陪審制を定着させるためには、訴訟構造を根本から、英米法にしなければいけない、としています。そのような刑事訴訟改革により、ドイツは、陪審制度を必ず定着できる、と結論づけています。現実は、ドイツで、比較的、軽い事件で取り扱っていた参審制度という、裁判官と一般人が刑事裁判の判決を出す制度が、陪審制度にとって代わられていき、1924年に、ドイツが参審制度だけになりました。

 日本でも、アメリカ占領軍の司法改革として、ユダヤ系ドイツ人の裁判官だったオプラー博士が、日本の陪審制度が定着しなかった理由が、大陸法系の訴訟手続の上に、ドイツやフランスの様に、陪審制度に、発問(設問)を設けていたからだと判断して、(オプラー博士の回想録を読むと、そうではないかと思います。)日本を英米法系の訴訟手続にしましたが、人間の考え方というのは、そう簡単に変えられないので、実質的には、大陸法系の訴訟手続のままになりました。

 ミッテルマイエル氏の論文は、今でも考えさせる内容ですが、その国の訴訟手続というのは、言葉と同じように、その国の文化を反映しているので、他の国の制度を真似る事はできても、それを自分の文化に適用させるのは難しいと思います。それでも、日本は、仏教や漢字などの外国の文化を自分の国に適用させた事がありますし、決して不可能ではないと思います。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(4)

GA 芸術科アートデザインクラス vol.2 初回限定版 [DVD]GA 芸術科アートデザインクラス vol.2 初回限定版 [DVD]
出演:戸松遥
販売元:エイベックス・マーケティング
(2009-12-04)
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 アメリカで、当時アメリカ占領下だったフィリピンに陪審制度を導入するかどうか、議論がされていた時に、後のアメリカ大統領になったタフト氏は、エール・ロースクールの卒業式で、この問題に関して、フィリピンの陪審制度導入について反対する演説をしました。

 大陸法は、国家権力(国会、行政、司法)の良心に多くを委ねる事で満足しているが、英米法では一般的な法律上の原則よりも、むしろ、訴訟手続の形式を主張して、個人を保護する事に重点をおいている。そして、訴訟手続で、最も重要なのは、陪審裁判を受ける権利である。(中略)

 そのアメリカでも、裁判官は、説示に欠かすべきではない事実について、意見を述べる事を禁止され、弁護人が被告のために作られた感情的な雰囲気を消す事が出来ない。少しでも、法律の手続に欠陥があれば、有罪者が無罪になってしまうのは、アメリカにおける刑法の実施が緩い証拠である。アメリカの陪審裁判がこの様なものであるので、これを一層、状況の悪いフィリピンに陪審制度を導入するべきではない。

 フィリピン人の知的水準が低い。(100年以上の前の話です。)そして、国家と被告の間に立つ陪審員は、国家の福祉以外の動機で動かさせる事になるであろう。フィリピンには、大陸法で行われ、陪審制度に必要不可欠な証拠法の整備がない。(以下、省略)

 このタフト氏の批評は、いろいろな批判を受けましたが、アメリカ大統領になるだけあって、100年以上たった今でも、いろいろと参考になります。陪審制度を導入する利点は、裁判官と違って、権力者に人事権を握られていないので、公平な判断が期待できます。

 その代わり、法解釈の専門家ではない一般人を司法参加させるためには、証拠法の詳細な整備や裁判官の説示が重要になってきます。12人の一般人を裁判所に入れるだけでは、逆効果になります。裁判員制度の様に、6人の一般人を入れたものの、法務官僚が裁判員法に、あれだけ欠陥を入れると、無実の人が冤罪で苦しむ状況が変わらない上に、一般人の感覚を入れている建前があるので、逆転無罪や再審への道が閉ざされています。

 タフト大統領の語っているように、日本を含めたヨーロッパ大陸国家は、権力者の良心に多くを委ねています。陪審制度の必要不可欠な証拠法の整備が不十分だったので、陪審制度が完全に定着せずに、裁判官と一般人が判決を下す参審制度が主流になったのかもしれません。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(3)

緋色の十字架〈下〉 (ヴィレッジブックス)緋色の十字架〈下〉 (ヴィレッジブックス)
著者:キャサリン サトクリフ
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 かつて、最高裁判所長官だった田中耕太郎判事は、裁判が世論などの雑音に影響される事をもっとも恐れ、しばしば裁判官に警告したり、司法論文にして、これを発表した事がありました。この世論などの雑音というのは、裁判官は、思いこみや偏見をもって、裁判をしてはならないという事です。昔、東京地裁判事だった熊谷弘氏が、この言葉を、一般人が裁判に口出しをしてはいけないという意味に解釈しましたが、そういう法律家の思いあがりが、裁判の誤判につながります。

 英米法系諸国は、裁判の過程に、国民感情などが入ってしまうと、裁判の事実認定よりも、どうしても国民に嫌われない様な判決を出してしまう危険性がある事を知っています。だからといって、主権は、国家権力の納税者でもある国民にあるので、国民は知る権利を持っています。だから、英米法系諸国では、ジャーナリストが裁判の過程だけを報道して、裁判官に思いこみや偏見を持たない様にさせます。

 日本の様に、国民が関心を持っている裁判があると、マスコミが、この被告を有罪にするか、無罪にするか、刑罰をどれくらいにするかと書くのは、異常だと思います。しかも、アメリカで起きた服部君射殺事件の様に、無罪判決が出たのに、「だから、陪審制度は駄目なんだ。」とアメリカの陪審制度と日本の停止中の陪審法まで批判をするから、ネット言論から「日本のマスコミは、『マスゴミ』だ。」と言われるのではないでしょうか。

 フランスのドレフュス事件というユダヤ系フランス人の大尉が1894年にスパイの容疑で逮捕されて、1908年に無罪判決が出るまで、マスコミがドレフュス大尉が新犯人である様に報道したので、フランス陸軍が名誉を守るために、軍事法廷で、スパイの人が書かれた書類と筆跡が違うという無実の証拠を無視した上に、その証拠の反対尋問権を認めず、無理な論理で、有罪判決を下した事がありました。

 今のフランスの様な大陸法系諸国が、ドレフュス事件の報道や日本の様に、裁判過程まで、口をはさむとは思えませんが、日本のマスコミは「マスゴミ」と言われたくなければ、国民が関心をよせる裁判でも、冷静に報道して欲しいです。日本の裁判員制度が陪審制度の様になった時は、特に、陪審員の方に、思いこみや偏見を持たせない様にして、冤罪をできるだけ防ぐ様な報道をする様に頑張ってもらいたいです。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(2)

生徒会の一存1 (角川コミックス ドラゴンJr. 143-1)生徒会の一存1 (角川コミックス ドラゴンJr. 143-1)
著者:10mo
販売元:富士見書房
(2009-05-09)
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 大陸法について考える場合、その基盤になっている糺問主義について説明します。糺問主義(Inquisitorial System)というのは、1人の人が検察官と裁判官を兼ねて、事件を捜査して、判決を出す刑事訴訟手続で、中世カトリックの異端尋問や時代劇の「遠山の金さん」の様に、江戸時代に行われた「お白州裁判」の様なものです。法律書や司法研究書の中には、糺問主義を糾問主義と書かれている事がありますが、意味は同じです。

 フランスなどのヨーロッパ諸国や日本帝国の様に、大陸法系諸国では、糺問主義の変形である職権主義が採用されています。検察官と裁判官の権限を持ち合わせた予審判事が事件を捜査して、被告人を有罪と判断した場合は、身柄を検察庁に送ります。検察庁は、自動的に被告人を裁判所に送り、陪審裁判にかけるという制度です。ただ、日本帝国の陪審裁判は、皇室に対する犯罪や治安維持法は対象外になっていました。

 予審判事が公判にかけるべきと判断した場合は、その時点で、実質的に「仮の有罪判決」が出ています。公判では、これを認めるか、証拠不十分として無罪判決を下すかが争われます。つまり、職権主義は中央集権国家体制の様な所があり、予審判事に強大な権限が与えられています。

 そのため、大東亜戦争後に、アメリカ占領軍の司法改革を担当したオプラー博士(Alfred Oppler)達が、日本の刑事訴訟法を大幅に改正して、糺問主義から、当事者主義という検察官と弁護士の主張を対決させて、真実を見つけようとする制度になりましたが、アメリカ占領軍が天皇陛下に対して、人間宣言をさせたために、官僚をの権限を抑えこんでいた皇室の権威が弱くなり、官僚の権限がさらに強くなりました。

 糺問主義は官僚の権限が強くて、陪審制度がなかなか定着しなかったので、当事者主義に変えたオプラー博士達の判断は間違っていないと思いますが、アメリカの大陪審の変形である検察審査会を、国民の司法参加を嫌がる法務官僚の圧力を抑えて、導入しましたが、それよりも大東亜戦争終戦後に復活させるはずだった停止中の陪審法を、法務官僚のすさまじい反発を抑えてでも、復活させるべきだったと思います。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(1)

嫌われ者の流儀嫌われ者の流儀
著者:堀江 貴文
販売元:小学館
(2011-06-14)
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 英米法系の刑事裁判では、当事者主義(Adversary System)をとります。これは、原告と被告人の当事者が、裁判官の前で、お互いの主張をぶつけて、論争によって、判決を下してもらうという手法です。対立する当事者同士が、公平な審判の前で、勝敗をつけるという意味です。かつて、ヨーロッパ諸国や日本で、剣を使った決闘が、刑事裁判に変わったという歴史があるそうです。

 今の日本の刑事裁判でも採用されている当事者主義は、検察官を国家権力の代理人(Attorney)として、もう一方の当事者である被告人の代理人である弁護士と対決して、真実を見つけ出す事を目的としますが、日本の場合、裁判官の人事権が法務官僚に握られているので、停止中の陪審法を改良復活するなどして、この問題点を改善しないと、全く意味がありません。

 当事者主義と相対するのが、大陸法系の糺問主義(Inquisitorial System)です。または職権主義ともいいます。糺問主義とは、1人の人間が検察官と裁判官を兼ねて、事件を捜査して、判決を下してもらうという刑事訴訟手続の事です。Inquisitorialとは、「宗教裁判所の様な」という意味があり、中世カトリックの異端尋問が刑事裁判に変わったという歴史があるそうです。

 日本でも、遠山の金さんという人気のあった時代劇があり、主人公の金さんが事件を捜査して、容疑者を逮捕して、白州で裁判をして、判決を下すという「お白州裁判」と呼ばれている刑事裁判が江戸時代に行われていましたが、「嫌われ者の流儀」(堀江貴文著、茂木健一郎著、小学館)という対談本でも、堀江貴文(ホリエモン)氏が、今の刑事裁判は、江戸時代のお白州裁判に近代刑事裁判の衣を着せただけだ、と指摘しました。

 アメリカの法律家の中には、法解釈に影響を及ぼす陪審制度を嫌っている人がいると、カナダで買った本に書いてありましたが、それでも陪審制度が日本の様に停止されないのは、官僚の権限がそれほど大きくないのでしょう。日本のお白州裁判とヨーロッパの異端尋問の裁判はかなり似た様な所があり、日本にしても、ヨーロッパ諸国にしても、官僚の権限が非常に強くて、そのために、陪審制度の様に、治安の安定を目的にする国家権力にとって都合の悪い存在を何とかして封じこめようとしているのかもしれません。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」

生徒会の一存2 (角川コミックス ドラゴンJr. 143-2)生徒会の一存2 (角川コミックス ドラゴンJr. 143-2)
著者:10mo
販売元:富士見書房
(2009-10-10)
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 自分が1996年から1年間ほど、カナダに留学している時に、カナダ人の友人から、「なぜ、日本で停止中になっている陪審法を再起動させるのが難しいのですか。」と質問された事がよくありました。確かに復活を予定しながら、50年以上も停止している法律など、日本の大正陪審法くらいしかないと思います。陪審法の改良復活にかかわっている人なら、日本の法務官僚の権限があまりにも大きく、刑事裁判の事実認定を国民にゆだねる陪審法を導入するのも嫌がりますし、たとえ法務官僚が刑事裁判に一般人を関わらせても、大正陪審法や裁判員法の様に欠陥を作り、国民に司法参加をさせるのを嫌がります。

 日本はヨーロッパ大陸の様な大陸法国家に属していて、官僚の権限が大きいというのは、カナダに留学が決まる前から、陪審法関係の本や法律書を読んでいたので、なんとなくわかっていました。カナダで読んだ本の中に、アメリカのシカゴ大学の法律家の方が、日本の陪審法が定着しなかった理由をいろいろ研究していて、日本は大陸法国家の様に官僚の権限が大きく、アメリカ占領軍が司法改革で、英米法の様に当事者主義(Adversary System)といって、裁判官の前で、検察官と弁護士のお互いの主張をぶつけて、裁判官が結論を出す手法に変えても、検察官の強大な権限が変わらないからではないか、と分析していたそうです。

 このシカゴ大学の法律家の本を直接見たわけではないので、詳しい事はわかりませんが、確かに、ヨーロッパ大陸で陪審制度を導入しても、裁判官と一般人が一緒になって事実認定をする参審制度になりやすくなる傾向があります。日本の大正陪審法でも、法務官僚の凄まじい反発で、陪審員の評決が気に入らなければ、陪審裁判のやり直しが出来るという制度ができましたし、停止中の陪審法を改良復活するはずだったのが、参審制度に、検察官控訴を認める裁判員制度ができあがりました。

 カナダ人から、「日本の民主主義はポーランドの様に弱い。」とよく言われましたが、日本はヨーロッパ大陸国家によく似ています。大陸法系諸国は、日本も含めて、なぜ陪審制度が定着しないのか、という理由を知りたくて、カナダで買った本を読んだり、カナダの陪審裁判を見学して、いろいろ自分なりに考えました。

第6話「裁判批評と表現の自由」(15)

裁判官のかたち裁判官のかたち
著者:毛利 甚八
販売元:現代人文社
(2002-03)
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 1942年に起きた横浜事件の続きですが、横浜事件は、経済学者の細川嘉六氏が、「改造」という雑誌に掲載された「世界史の動向と日本」という論文をきっかけに、中央公論社、改造社、日本評論社、岩波書店、朝日新聞社の編集者を巻き込み、49人という逮捕者を出した大東亜戦争中の言論弾圧事件です。

 横浜事件に巻き込まれた、中央公論社の畑中繁雄氏が書かれた「覚書昭和出版弾圧小史」という本があるので、今回はそれを参考にして書きますが、予審といって、裁判官が公判で審議するか、控訴棄却をするか判断する時に、当時(1945年6月9日)、被疑者だった畑中繁雄氏は、取り調べ中に拷問を受けて、嘘の自白をした事を話すと、担当の予審判事(Investigating magistrate prosecutor)だった関重夫判事は、「何でも素直に答えなさい。」と優しい表情だった顔色を変えて、睨みつけたそうです。

 畑中繁雄氏の回想録によると、「君は警察でも検事調べでも、それをちゃんと認めたじゃないか。わたしはそれを君の立派な態度とおもっていた。それをここで否認するのは老獪な左翼的法廷戦術だ。それをあえてする君がまさに共産主義者たる動かぬ証拠ではないのか。」と言われたそうです。

 横浜事件で問題なのは、警察官が取り調べ中に、すさまじい拷問をして、5人の方が命を落とした事ですが、裁判官が「やってもない事をやったと言うわけがない。」という思いこみをする事に問題があります。「神戸事件」という、1997年に何者かによって、12歳の少年が殺害された上に、首を切断されて、学校の校門の前に放置された事件で、知り合いの14歳の少年が犯行声明文の筆跡と違うという無実の証拠があるのに、精神的拷問を受けて、自白をした事がありました。

 漫画家の小林よしのり氏は「ゴーマニズム宣言」で、この自白を信用したので、多くの読者が14歳の元少年がやったと思う様になりました。さらに「裁判官のかたち」(毛利甚八著、現代人文社)で、裁判官の方がこの自白だけで、元少年を真犯人と確信する様なインタビューを著者の方に話していました。小林よしのり氏や裁判官の様に発言力の強い方が言うと真実の様に錯覚を起こしてしまいます。

 横浜事件の様な言論弾圧事件は、雑誌メディアとネット言論が検察庁と警察官に睨みをきかせているので、日本が戦争に巻き込まれない限り起きないでしょうが、横浜事件の様に、取り調べ中に精神的拷問や肉体的拷問をする可能性があるので、アメリカの様に取り調べ中は弁護士と一緒に取り調べをしてもらうか、小沢一郎氏が頑張って、取り調べ中の一部始終を録画する法案を成立してもらう様に頑張って欲しいです。

第6話「裁判批評と表現の自由」(14)

ある弁護士の歩み (1968年)
著者:海野 普吉
販売元:日本評論社
(1968)
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 横浜事件というのは、経済学者の川田寿氏と細川嘉六氏の逮捕から始まり、中央公論社と改造社と日本評論社と岩波書店と朝日新聞社などの大手出版社の編集者を巻き込んだ大東亜戦争中の言論弾圧事件の事です。警察や検察が大暴走した事件のために、事件の内容や自白調書がくるくる変わるという冤罪事件のパターンであるから、事件の詳細を語るのが難しいので、横浜事件について説明している本が少ないのは、そのためです。

 この横浜事件の弁護を担当した海野普吉弁護士の「ある弁護士の歩み」(海野普吉著、日本評論社)によると、細川嘉六氏が雑誌「改造」の1942年8、9月号に掲載された「世界史の動向と日本」という論文で、「ソ連が多くの異民族を抱えながら、各民族の自主を認めて融和し、5ヵ年計画を立派に成し遂げた事や、資本主義国は最近、20年間に行き詰りの一途をたどり、列強間の対立が激化した結果、第二次世界大戦を迎えた事、支那・印度における植民地政策では駄目で、民族の自由と独立を尊重するソ連に学ぶべきである。」と8、9月号掲載分、合わせて54ページの論文を主張しました。

 この論文が共産主義の宣伝とされ、発禁処分では過ぎず、1942年9月14日に逮捕され、どんどん逮捕者が増加して、49人の事件関係者が逮捕される事になりました。ここからが問題なのですが、取り調べ中に、あまりにすざましい拷問をしたために、5人の方が命を落とす事になりました。事件の弁護を担当した海野普吉弁護士も、被告人達を司法取引で早く裁判を終わらせ、刑罰をできるだけ軽くする道を選びました。被告人を地獄の様な環境から解放するべきだと判断したのは、妥当だと思います。

 事件が終わってから、拷問を受けた事件関係者が横浜刑務所の地名である笹下(ささげ)という名前を取って、「笹下会」という会を作り、拷問した警察官を告訴しました。取調べをした松下英太郎警部と柄沢六郎警部と森川清三警部が起訴され、横浜地裁は、1948年に、特別公務員暴行傷害で、有罪判決を下し、松下英太郎氏を懲役1年6ヶ月、残る2人を懲役1年の実刑にしました。そして、最高裁が一審判決を支持するという、拷問が裁判上、認定された珍しい例です。今では、拷問による自白をとっても、捜査官は責任をとらなくてもいいという事を考えると、裁判所は見習って欲しいと思います。

 それにしても、旧陪審法が治安維持法や出版法の適用を受けていたなら、取り調べ中に拷問を受ける事もなく、取り調べた警察官が刑務所に行く事がなかったでしょう。大東亜戦争の様な国運を賭けての状態でも、陪審裁判なら、無理な捜査をすれば、男性陪審員から、裁判中に批判されるので、横浜事件は細川嘉六氏の逮捕だけですんだかもしれません。陪審裁判なら、「世界史の動向と日本」という論文を読んで、日本の目指す「東亜新秩序」は、南方の民族政策をソ連の長所を見習い、日本人が原住民と平等の立場で提携して欲しいという愛国心から書かれたと判断し、無罪評決を下し、裁判長も無罪を認めたでしょう。

第6話「裁判批評と表現の自由」(13)

気骨の判決―東條英機と闘った裁判官 (新潮新書)気骨の判決―東條英機と闘った裁判官 (新潮新書)
著者:清永 聡
販売元:新潮社
(2008-08)
販売元:Amazon.co.jp
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 今回は、日本帝国の言論弾圧事件として有名な尾崎行雄不敬事件について書きたいと思います。1942年4月、大東亜戦争中に唯一行われた翼賛選挙が行われました。反東条派として非推薦で立候補した尾崎行雄氏が、同士である田川大吉郎氏のための応援演説中に、天皇陛下に対する不敬の言葉があったとして起訴された事件です。

 不敬罪という報道に関わらず、右翼テロが騒がなかったのは、尾崎行雄氏の政治家のしての品格の高さだけではなく、治安維持法の成立に反対したり、軍縮を推進したり、1937年には暴走する軍部を批判する演説を行ったために、軍部や検察あたりから事件を行ったのだろうとわかったのでしょう。

 1942年10月から一審の刑事裁判が開かれました。尾崎行雄氏の弁護人は、海野普吉弁護士と鵜沢聡明弁護士という有名弁護士が担当しました。この当時は、戦時刑事特別法が施行されていたので、被告人1人につき、2人しか弁護士をつける事が許されませんでした。12月に、懲役8ヵ月、執行猶予2年という有罪判決を下されたので、大審院(今の最高裁)に上告しました。裁判所構成法戦時特例4条2号で、不敬罪について控訴が出来なかったからです。

 上告審の担当をしたのは、「裁判の書」の著書で知られる三宅正太郎氏を裁判長とする大審院第3刑事部でした。1943年6月23日に、大審院は、尾崎行雄氏の上告事件を調べなおすという方針を明らかにしました。そして、1944年4月14日、4月21日、5月9日と3回にわたって開かれ、1944年6月29日に無罪判決を言い渡しました。

 三宅正太郎判事を中心とする大審院は、被告人を「明治大正昭和ノ三代ニ仕フル老臣ナリ。其ノ憲政上ニ於ける功績ハ世人周知ノトコロ」という格調高い判決文を出して、不敬罪の成立を否定しました。ちなみに、三宅正太郎判事は、1945年6月にも、無協会派のクリスチャンであった浅見仙作氏の治安維持法違反の事件も無罪判決を出した事でも有名です。

 戦争中はどこの国でも、検察や警察の様な行政権力が暴走して、言論の自由が侵害されやすくなるのに、その重圧の中で、事実の証明がないという形で無罪の判決をして、言論擁護を死守しました。そして、大東亜戦争中の翼賛選挙を一部無効にした判決がありますが、これは「気骨の判決」(清永聡著、新潮社)で書かれているので、本屋で買って読んで見て下さい。

第6話「裁判批評と表現の自由」(12)

生徒会の一存 3 (ドラゴンコミックスエイジ と 1-1-3)生徒会の一存 3 (ドラゴンコミックスエイジ と 1-1-3)
著者:10mo
販売元:富士見書房
(2010-04-09)
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 1937年に、軍部批判をした河合栄冶郎氏を言論弾圧して、刑事裁判の一審判決で無罪になりましたが、無罪判決を出した石坂修一判事を左遷させ、逆転有罪判決に持ち込みました。もちろん、それだけで終わったわけではなく、大東亜戦争中の総選挙で、政治家の尾崎行雄氏が天皇陛下に不敬をしたという尾崎行雄不敬事件や大東亜戦争中に、評論誌「改造」(作家の大沸次郎氏が『ドレフュス事件』を書いた雑誌)の論文がきっかけになり、多くのジャーナリストが逮捕され、取り調べ中の拷問で、5人の命を落とした横浜事件まで発展しました。

 言論の自由がほとんどなくなったために、山本五十六長官がロッキード戦闘機に暗殺される事件が起きたのに、朝日新聞が徹底抗戦を叫んだせいで、多くの犠牲者を出すことになりました。言論の自由がある程度保障されていれば、山本五十六長官の様な英雄が戦死した場合、帝国海軍が崩壊する事はわかりきっているので、朝日新聞もどのような条件でも講和するしかないと主張したでしょう。

 この一連の事件の教訓は、検察官控訴を認めてはいけないという事です。刑事事件で無罪判決が出たという事は、検察官の証明に欠陥があったという事なので、検察官側が控訴をする事は、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反しています。日本国憲法39条は、「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」という規定は、1950年9月27日の最高裁判決で、無罪判決が確定すれば、その事件はむしかえす事が出来なくなるという「一事不再理」という意味である、と解釈されました。

 そこで、1996年に、1年間ほど、カナダの大学に留学していた時に、憲法39条の原文である「ひとたび、追訴手続から放免された行為(無罪判決、免訴)について、有罪か無罪かを審議される危険を二重に受けさせる状態を禁止する」という条文をどう解釈しますか、と尋ねたところ、要するに「二重の危険(Double Jeopardy)」の事ではないのか、と答えてくれました。ちなみに、この二重の危険は、無罪判決に対する検察官控訴の禁止の事と解釈すると言われました。このあたりは、一般の日本人の解釈と同じだな、と感じました。

 それが日本の最高裁では、無罪判決が確定するまで、検察官控訴出来るという意味に解釈されている、と説明すると、なぜ日本人は誰も文句をいわないのだ、と言われました。自分達はもちろん、そう訴えていますし、冤罪事件で苦しんでいる弁護士会もそう訴えていますし、おそらく人権規約委員会も検察官控訴の廃止を訴えてくれていると思いますが、官僚は国民の税金で雇われているのに、国民がクビに出来ないから、法務官僚が好き勝手にしているから、と答えると、カナダ人もあきれていました。

 カナダ人も理解出来ないのですが、自分達の様な日本人も理解出来ません。元裁判官の井上薫氏の様に、法律家というだけで、なぜあれだけエリート意識が強いのか、事実認定に、法解釈の専門家でも、一般人でも、全く解釈が変わらない事がわからないのか、よくわかりません。法務官僚は、自分が特別な人間という思い上がりを捨てて、もう少し弱い立場の人の事を考えて欲しいです。
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