第3話「自白は証拠の女王」(6)

舵のない船 布川事件の不正義[新装版]舵のない船 布川事件の不正義[新装版]
著者:伊佐 千尋
販売元:現代人文社
(2010-11-09)
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 1961年に起きた布川事件という強盗殺人事件がようやく再審無罪になりましたが、1997年に起きた東電OL殺人事件の再審無罪が出る日はいつになるのでしょうか、と思ってしまいました。布川事件の有罪判決に疑問を投げかけた「舵のない船 布川事件の不正義(伊佐千尋著、文藝春秋)」という本が1993年に発売されて、再審無罪のきっかけにもなり、そして停止中の陪審法を復活するべきだとか、裁判官を実務経験のある弁護士から選ぶ法曹一元制の議論も活発になりました。

 2000年に「東電OL事件(佐野眞一著、新潮社)」が発売されて、日本だけでなく、外国でもこの冤罪事件が知られる様になり、「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」状態からゴビンダ・マイナリ氏を救おうと今でも多くの人が努力しています。

 それにしても、東電OL殺人事件でも法曹一元制があれば、もう少し違った展開になったのではないか、と思います。東電OL殺人事件の時に、東京地裁で大渕敏和裁判長から無罪判決が出たので、「無罪者は拘束出来ない」という刑事訴訟法の原則に従って、ゴビンダ氏を強制送還させたでしょう。というのも、法務官僚達が一審の無罪判決を覆して、逆転有罪判決にもっていったのも、捜査官のずさんな捜査の現実を国民から隠すために行い、そして官僚でもある裁判官が法務官僚の圧力に負けたという面が強いからです。

 もちろん、一審で無罪判決を出して、法務官僚の圧力で左遷された大渕敏和判事の様な裁判官もいますし、「無罪者は拘束出来ない」という刑事訴訟法に従って、「法の不備があるからといって、事件が起こった後に法律を変える事は出来ない」といった趣旨の少数意見を出した裁判官出身の最高裁判所判事の方もいらっしゃいますが、官僚として裁判官になると、治安維持のために少数の無実の人が犠牲になるのは、ある程度やむを得ないという考えを無意識のうちにもってしまう傾向があります。それは、裁判官の論文や判決文を読めば、納得いくのではないかと思います。

 だから、まず停止中の陪審法の前提として、法曹一元制を実施して欲しいと思います。

第3話「自白は証拠の女王」(5)

かへたんていぶ(2) (ガンガンコミックスONLINE)かへたんていぶ(2) (ガンガンコミックスONLINE)
著者:藤代 健
販売元:スクウェア・エニックス
(2011-05-21)
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 法曹一元制とは、原則として実務経験のある弁護士から裁判官を選ぶ制度の事です。官僚として裁判官を育成する今の日本の制度より、一般社会の常識を反映しやすいといった特長があります。1967年に起きた布川事件という強盗殺人事件がようやく再審無罪となりましたが、法曹一元制を日本でも導入していれば、陪審法が停止したままでも無罪になったかもしれません。布川事件の詳しい事は、「舵のない船ー布川事件の不正義(伊佐千尋著、現代人文社)」に書かれています。

 弁護士の人数が増えて、弁護士のレベルが落ちていると言っている人がいますが、弁護士会が陪審法を復活させとうとしても法務官僚の妨害で実現しないので、法曹一元制の制度を導入する前提として、弁護士を増やそうと考えているのでしょう。

 1995年頃、漫画雑誌の全盛期だったので、自分の様な人でも漫画家として、4コマ雑誌に掲載されて、お金を稼ぐことができて法律書を買う事が出来た上に、漫画家の友人ができて、とても楽しかったです。その後、漫画雑誌が不景気の影響を受けて、休刊が相次ぎ、自分の様なレベルの低い作家は漫画家をやめることになりました。

 それと同じ様にレベルの低い弁護士は弁護士をやめて、他の職業に転職すればいいだけなので、そんなに騒ぐ事でもないかと思います。法律家の中でそういう事を言うのは、法曹一元制に反対の立場なのか、それとも法律家としての能力が低いのを認めたくないのか、と考えてしまいます。

 昨日、元漫画家の友人から「かへたんていぶ(藤代健著、スクウェア・エニックス)」という漫画を薦められました。仕事帰りに本屋で探すと、平積で1巻と2巻がおいてあり、手書きのポップで「ガンガンONLINEで連載中の人気漫画」と書かれていました。とりあえず買って、喫茶店で読んで見ると、面白かったです。

 不景気になっても実力のある作家は生き残るのは、法律家の世界でも、それは同じではないでしょうか。1995年頃に漫画家が増えても、「不安だ。漫画家のレベルが下がる。」と誰も煽らなかったのに、法律家の場合のみ煽るのはおかしいと感じています。

第3話「自白は証拠の女王」(4)

裁判の書裁判の書
著者:三宅 正太郎
販売元:慧文社
(2006-10)
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 今日、本棚の中にあった三宅正太郎元判事が書かれた「裁判の書」という本を読みました。この本は、1934年に発行されて、ベストセラーになって、今までいろいろな出版社から発売されています。一般人向けの法律関係の本で、当時の刑事裁判の問題点や著者の裁判官の経験をもとにした人生観などがかかれていて、非常に面白いです。

 「陪審制度を考える(丸田隆著、中央公論新社)」や「逆転 沖縄の陪審裁判(伊佐千尋著、岩波書店)」の様に20年以上も重版を重ねたり、いろいろな出版社から発売されている本は、普遍的な内容であり、多くの読者の共感を得ているので、そういう本は一度は読んだ方がいいです。

 さて、本屋で販売している「裁判の書(三宅正太郎著、慧文社)」は、2006年に発行され、7350円と割と高い本ですが、自分が持っている「裁判の書」は、1953年に創元社文庫として発売された本で、博多の古本屋で1万円で買ったので、それを考えるとお得だと思います。

 この本で、今の刑事裁判でも問題になっている自白の問題を取り扱っています。明治時代の終わり頃に、一家全員が殺害される事件があり、逮捕された男性が取り調べ室で、やってもないことをやったと言って、それを裁判官が検察に引き渡すかどうかの段階になっても虚偽自白を維持した事があったそうです。幸いにも真犯人が逮捕されて、裁判所は無実の人を起訴させなかったですが、もし捜査機関が真犯人を特定出来なければ、真犯人の代わりに死刑判決を受けたでしょう。

 だから裁判官は証拠や検察官が書いた調書を何度も調べなければならないと強調しています。たしかに確定死刑囚の人が再審無罪になった事件も裁判官が何度も調べて、法務官僚の圧力に負けなければ、ああいった冤罪は防げたでしょう。もし、この本を古本屋で見かけたら、買って見て下さい。

第3話「自白は証拠の女王」(3)

偽善エネルギー (幻冬舎新書)偽善エネルギー (幻冬舎新書)
著者:武田 邦彦
販売元:幻冬舎
(2009-11)
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 東日本大震災による原子力発電所事故があってから、週刊誌などで「原子力は危険だ。」と感情論や思いつきで書いてある記事をよく見かけます。そういった記事よりも「偽善エネルギー(武田邦彦著、幻冬舎)を読む事をお勧めします。この本は、東日本大震災が起きる前に専門家が「日本の原子力発電所は安全ですが、大地震には耐えられないので、耐震性を高めるようにしなければならない。」と主張していました。そして、一般人にもわかりやすいように説明して、専門家でもわからない事はわからないと書いてあった事に感心しました。

 官僚や専門家は自分の利権を守ろうとして、自分の都合の言いように結論を持っていったり、一般人にはわからない専門用語を出して、自分に都合の悪い問題点を隠そうとしています。この本でも書かれていますが、太陽光発電は火力発電よりもエネルギー効率が悪いのですが、太陽光発電には政府からの補助金という利権があるので、太陽光発電をなるべくいいイメージで語ることが多いと説明しています。

 同じことが冤罪の問題でも言えます。日本の冤罪事件のほとんどは、取調室での虚偽自白なので、ビデオにすべて録画して陪審員に判断してもらうのが一番いいのですが、無罪率が高くなると裁判所上層部の威信が崩れ、検察官の出世が遅れてしまうと利権の問題があり、専門家が「停止中の陪審法の復活は国民性に合わない。」とか「取り調べ中にビデオ録画をすると被疑者が真実を語らない。」と言った理屈をつけて、調書中心の裁判を守ろうとしています。

 最高裁判所判事として評価が高い団藤重光氏や谷口正孝氏も陪審制度復活には反対の立場をとっていますが、谷口正孝元判事は「裁判について考える」という本の中で、裁判官が自白調書を鵜呑みにする傾向があると厳しく批判しているので、本音としては、事実認定を一般人がして、法解釈や訴訟指揮を裁判官がした方がいいと思っているのかもしれません。それはともかく、専門家の本を読む時は話を鵜呑みにせずに、行間を読み取るように、できるだけ努力をしなければいけません。

第3話「自白は証拠の女王」(2)

家栽の人 (9) (小学館文庫)家栽の人 (9) (小学館文庫)
著者:毛利 甚八
販売元:小学館
(2003-07)
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 「なぜ、女湯のぞきの事を出歯亀と言うのだろうね。」と東京に住んでいる自分の友人からメールが届きました。友人が漫画喫茶で「ライバル(柴山薫著、集英社)」という本を呼んで、主人公が女湯のぞきをして、彼女から「出歯亀」と言われるシーンがあったらしいのですが、そういう事は、yahoo知恵袋で詳しい人に聞くか、googleで検索した方が早いと思います。

 ちなみに「出歯亀」という言葉は、「出歯亀事件」の刑事被告人であり、女湯のぞきの常習犯でもあった池田亀太郎氏が出っ歯であったので、この事件の弁護をしていた沢田薫弁護士が、池田亀太郎氏を「出歯亀」と言うニックネームで呼んだので、大正時代から「出歯亀」は女湯のぞきの言葉として定着しました。

 あと、「出歯亀事件」と言うのは、1908年に当時、東京市外であった西大久保で風呂帰りの人妻が殺害されて、捜査機関は、女湯のぞきの常習犯だった池田亀太郎氏を見込み捜査で逮捕して、取り調べ室で精神的拷問や肉体的拷問を受け、自白調書が作成され、それだけを根拠に起訴した事件です。

 刑事弁護人だった沢田薫氏は、池田亀太郎氏に面会して、被告人の無実を確信するに至りました。公判で、被告人には女湯のぞきの前科があっても、殺人は捜査機関のでっちあげとして無罪を主張しましたが、無期懲役が下されました。そして、大審院(今の最高裁判所)でも判決は変わりませんでした。大正時代の終わり頃になると仮釈放で刑務所から出ることになったそうです。

 陪審法の施行が20年早ければ、池田亀太郎氏は無罪の評決が出たと思います。それでも当時は、天皇陛下の名のもとで裁判が行われていたので、1908年の無罪率は6.7%あり、今と違ってしっかりとした裁判が行われていました。池田亀太郎氏が女湯のぞきの常習犯でなければ、無罪判決が出たでしょう。日ごろの行いが悪いとやってもない事をやったと思われる事があるので、日ごろの行いには気をつけた方がいいですね。

第3話「自白は証拠の女王」(1)

家栽の人 (8) (小学館文庫)家栽の人 (8) (小学館文庫)
著者:毛利 甚八
販売元:小学館
(2003-06)
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 日本国憲法38条で、自白証拠のみの有罪判決を禁止していますが、例外として刑事訴訟法では、特に信用するべき状況であった時において、自白調書の採用を許可しています。これを特信性と言います。どういう事かと説明すると、一般人から見て、真犯人しか知りえない情報を告白している(これを秘密の暴露と言います)時のみに限るのですが、捜査機関は一般公開されていない情報を肉体的拷問や精神的拷問をかけて、被疑者に押し付けてしまい、誤った有罪判決が出てしまいます。これが日本の冤罪事件の典型的なパターンなので、30年以上前から取調べの録画化の話が出ています。

 検察上層部は取り調べの録画化に反対していますが、真犯人が「秘密の暴露」を捜査官に告白したのに、公判で拷問による自白であると主張した時に裁判官や裁判員が非常に困ります。逆に取り調べの録画があれば、アメリカで起きた「砂田氏射殺事件」の様に自白だけで有罪の評決も可能になります。

 「砂田氏射殺事件」は、1994年にアメリカのニューヨーク州で日本人留学生だった砂田敬氏が自宅アパートの4階ホールで、男性2人に襲われ、銃で頭部を撃たれ病院に運ばれた後、死亡した事件です。この事件で、ニューヨーク州の検事局はアーモンド・クロード氏とレジナルド・キャメロン両被告を起訴しました。

 この事件で、検察側には決定的な証拠がなくて、公判の途中で被告人のアリバイが崩れましたが、検察側は被告人の自白と解剖結果が一致する事と、被告人が「相手が空手の構えをとって姿勢を低くしたので、右腕を上げて上の方から斜めにピストルを撃った。」と真犯人しか知りえない事実を告白したビデオを陪審員に見せたので、陪審員はビデオの証拠価値を認め、被告人に有罪の評決を下しました。

 もし、日本の様に取り調べの録画化が実現していなければ、陪審員は「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の鉄則に従って、無罪の評決を下したのではないかと思います。だから、検察上層部は取り調べの録画化は、現場の警察官や検察官にもメリットがあるということを理解して欲しいです。

第3話「自白は証拠の女王」

「テレビ政治」の内幕「テレビ政治」の内幕
著者:三橋 貴明
販売元:PHP研究所
(2010-02-27)
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 今日の午前中に喫茶店で「『テレビ政治』の内幕」(三橋貴明、八木秀次著、PHP研究所)という本を読みました。その中で、小沢一郎氏をはじめとする民主党政権が取調べの全面録画化法案は、捜査官を犯罪者扱いするものだと批判をしていました。それに対して少し反論します。

 自分の知り合いの検察官や裁判官は立派な人ですし、東日本大震災の時には、自衛官や警察官そして消防隊員の人達は被災者のために最大限の努力をしました。役にたたなかった菅直人首相はともかく、多くの公務員は国民のために働いているので、取調べの全面録画化法案に反対しているのだと思います。

 取調べの全面録画化法案は、「東電OL殺人事件」の様に日本の刑事司法が完全に制度疲労を起こしているために議論されているのであって、捜査官を犯罪者扱いしているわけではありません。

 東京電力の女性社員が殺害されたのは、被害者と同じアパートにすんでいる外国人に違いないという「外国人=犯罪者」という偏見をもとにしてゴビンダ氏を逮捕した捜査機関や証拠も動機も何もないのにゴビンダ氏を起訴した検察官や一審無罪判決を下した裁判官を左遷させて、逆転有罪判決を出すように操作した法務官僚や冤罪と知りながら、ゴビンダ氏の再審を訴えないマスコミにしても、個人的には立派な人達なのでしょうが、組織として見ると、完全に暴走しています。

 1910年に起きた大逆事件で無実の幸徳秋水達が処刑されて、今年でちょうど100年経ちますが、取り調べ室の虚偽自白という冤罪の構図はまったく変わっていません。幸徳秋水も「私は社会主義者だから仕方がないが、虚偽自白の採用は止めて欲しい。」という訴えを残しましたが、法務官僚はそろそろこの言葉に耳を傾けるべきです。そして、取り調べの全面録画化法案成立に向かって、民主党政権や野党の政治家の方達が努力して欲しいです。

第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(15)


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 近代のヨーロッパでは、二人以上の目撃証言の一致した証言がない以上、他にどんな有力な証拠があっても、自白がなければ有罪判決を下せませんでした。しかも、法定の確度の高い有罪証拠の存在を確認した後でしか、自白を聴くことを許されませんでした。だから自白証拠は、ほとんどの場合、有罪判決の最後の決め手でした。当時の人々はこれを「自白は証拠の女王」と言いました。

 この「自白は証拠の女王」という言葉の元の意味なのですが、1930年代の日本帝国の司法試験の面接で、試験官から聞かれる事があったそうです。この当時は日本でも陪審制度が実施されていて、司法省(今の法務省)の間でも自白中心の捜査は良くないし、イギリスやアメリカの様に証拠中心の捜査にしなければいけないという考えがあったのではないかと思います。

 陪審法が停止したままになってしまい、日本では「自白は証拠の女王」という言葉が、いつの間にか捜査機関が自白調書をとってしまえば、これだけで有罪判決が取れるという意味になってしまいました。明らかに日本国憲法38条の「自白だけでは有罪判決を出してはいけない」という条文に違反しているのですが、最高裁判事達は反省する様子もありません。

 それでも1970年代には最高裁は「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を打ちだしましたし、1980年代には裁判所は四人の確定死刑囚を再審無罪判決を出したのに、自白調書を何も疑問を持たずに採用する裁判所が多くなっているような気がします。1930年代の日本帝国を何でもかんでも悪いという歴史学者の方がいらっしゃいますが、自白中心の捜査から証拠中心の捜査に切り替えようと努力しようとしたところはきちんと評価して、この頃の日本の様に証拠中心の裁判をやって欲しいと願っています。

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くーねるまるた 3 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)


 この本は、ポルトガルから日本に来日して貧乏だけど、日本人の友人に囲まれて楽しく過ごしているポルトガル人女性を描いたコミックです。絵柄がかわいいだけでなく、話のテンポもいいので、ぜひ読んでみてくださいね。

第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(14)

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 ライブドア社の粉飾決算事件の裁判で、会社の利益や売上げを水増していない会計処理は成長型粉飾であり、カネボウの様な隠弊型粉飾よりも悪質だという東京地裁の判決文を東京高裁と最高裁が認めてしまった事で、「日本の刑事裁判はかなり絶望的である」という事を世界にアピールした様な気がします。

 ライブドア社よりも透明性の高い企業というのは、そんなにないようなので、検察庁がその気になれば、たいていの企業は粉飾決算事件として摘発出来るという事になりました。それに最高裁のお墨付きがついてしまったので、地裁判事や高裁判事にはこの判決文に従わざるを得なくなり、冤罪だとわかっていても有罪と宣告してしまう様になってしまっています。

 去年、意識不明の患者を家族の訴えに従って安楽死をさせた事件で、最高裁は執行猶予付の有罪判決を下した事がありました。(詳しいことは、「私がしたことは殺人ですか」(須田セツ子著、青志社)を読んで見て下さい。)殺人罪の犯罪構成を満たしていれば、裁判官は有罪と宣告しないといけなくなります。

 それと同じ様にライブドア社の粉飾決算事件の様な事件を摘発してしまうと、裁判官は有罪判決を下してしますので、最高裁が自らの誤りを認めて、判決文を破棄するのが一番いいのですが、面子にこだわる最高裁がそんな事をするとはとても思えません。

 停止中の陪審法が日本国憲法に合うように復活すれば、陪審員達が一般常識を反映して、この問題になっている判決文を覆す事が出来ます。法務官僚達は判例に影響を与えるのは良くないと反論しますが、アメリカのホームズ判事は「陪審が実体法に影響を与える事は悪い事ではない。法律というものは社会からずれやすいのであり、陪審によって、社会の願望と法の調和が保たれる。」と語った事がありました。最高裁判事や法務官僚は、ホームズ判事の言葉をかみしめて欲しいものです。

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私がしたことは殺人ですか?私がしたことは殺人ですか?
著者:須田セツ子
販売元:青志社
(2010-04-06)
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 脳死により回復の見込みがない患者が患者の家族による希望によって医者が安楽死させたことが事件になり、執行猶予つきの有罪判決を受けましたが、そのことが本当に犯罪なのかという疑問が起きました。この本は安楽死させた医者がその経過について書かれているので、興味がある人はぜひ読んでくださいね。

第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(13)

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 今日、「アメリカ社会」入門(コリン・ジョイス著、NHK出版)という本を読みました。著者は日本滞在を経て、アメリカに住んでいるイギリス人で、アメリカ滞在の経験がいろいろ書かれていました。その中で、野球の様にアメリカのスポーツは世界的にはあまり人気がないと書かれていますが、確かにイギリスのサッカーに比べて、野球は世界的にマイナーなスポーツですが、個人的に言えば、野球は草野球でやるのも面白いし、カナダや日本でプロ野球を見るのも面白いです。そういえば、ヨーロッパ大陸国家は日本の様に官僚の権限が強くて、似たようなところがあるのに、なぜ野球よりもサッカーの方が人気があるのでしょうか、と思ってしまいました。

 まあ、議会政治や陪審制度を生み出したのもイギリスですし、これらのおかげでアメリカ政府が独裁政権にならかったと言えるから、イギリス人である著者が少しひねくれた見方をしているのかもしれません。日本でも明治時代から議会政治がしっかりと行なわれていたので、軍部や検察の圧力にも負けなかったのでしょう。民政党の斎藤隆夫は、1940年に支那事変の質問演説で、感情論よりも国益を優先せよと主張しました。これを聞いた陸軍大臣も「政治家は痛い所をついてくる。」と関心したそうです。

 そして、陪審制度ですが、日本の陪審法が停止している事の弊害が、ライブドア社の粉飾決算事件の裁判で出た様な気がします。ライブドア社が公表した会計報告書が証拠として使われているのに、容疑が簡単に否認出来てしまうという非常にわかりやすい冤罪事件なのに、有罪判決の確定が決まってしまいました。これが陪審裁判なら、一般常識が反映されて無罪の評決が確定したでしょう。

 来年の今頃は、裁判員法の改正の時期になります。この裁判員法の改正で、できるだけ陪審制度の要素を入れて、公平な刑事裁判が出きる様に努力していかなければいけません。菅直人首相は相変らず、パフォーマンスばかりで、まったく役にたちませんが、東北地方の復興と共に、刑事裁判の復興も政治家や日本国民で力を合わせて欲しいです。

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「アメリカ社会」入門―英国人ニューヨークに住む (生活人新書)「アメリカ社会」入門―英国人ニューヨークに住む (生活人新書)
著者:コリン ジョイス
販売元:日本放送出版協会
(2009-06)
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 日本で生活していたイギリス人ジャーナリストがアメリカのニューヨーク市に住んで、いろいろなことについて体験するエッセーが書かれています。ニューヨークに滞在した人や海外に行ったことがない人も楽しめる本なので、ぜひ読んでみてくださいね。

第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(12)

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 ライブドア社の粉飾決算事件の事に限らず、刑事裁判で本人がやってないと主張すると、有罪を認めた時と比べて、刑罰が重くなる傾向があります。これは、日本で陪審制度が施行されていた時もそうなのですが、被告人が無実を主張して、陪審裁判を希望したのに、有罪の評決が出てしまうと、検察官の求刑通りの刑罰が言い渡される事がよくあったそうです。それで、陪審裁判を希望する人が減っていった原因の一つでもあります。

 もし、ホリエモン氏がライブドア社幹部の様に無罪を主張せずに、有罪を認めていれば、裁判官も執行猶予付の有罪判決が出たと思います。ちょうど、痴漢冤罪事件が起きた時に、本人がやっていなくて女性が勘違いした場合でも有罪を認めて被害にあった女性に慰謝料を払っていれば、検察官が起訴しないか、裁判官が執行猶予付の判決が出る様な感じです。

 「それでも僕はやっていない」という痴漢冤罪事件を扱った映画の様に、無実の人が無罪を主張すると、裁判官が反省していないと誤解されて実刑判決が言い渡されてしまいます。ちなみにこの映画のモデルとなった人も最高裁で実刑判決が確定されてしまいました。

 この映画を見た外国人は日本の刑事裁判はこんなにひどいのかと驚かれたそうですが、裁判官が逮捕令状を簡単に出して、被疑者を長期拘束させて、捜査期間の都合のいい調書を取って、その調書を基に有罪判決を下してしまうのは、陪審制度が停止している日本の悪い傾向です。

 それとこの映画の中で、裁判で捜査官の人がいい加減な取調べなどしていないと証言すると、弁護士の方が「この人は人生がかかっているんだ。」と怒っているのが印象的でしたが、監督のインタビューで、この部分だけはフィクションという記事を読んで、被告人の人権を守ろうとする弁護士がそこまで多くないというのが残念でした。それでもこの映画は非常に完成度の高い作品なので、ゴールデン・ウィーク中にビデオ屋でレンタルしてみてはいかがでしょうか。

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それでもボクはやってない スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]それでもボクはやってない スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]
出演:加瀬亮
販売元:東宝
(2007-08-10)
販売元:Amazon.co.jp
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 置換冤罪事件の実話をもとにした映画のDVDです。そもそも女性の肉体を触りたければ、キャバクラに行けばいいだけの話なので、電車内の痴漢というのは、満員電車で体が当たったか、女性が事件をでっちあげたかのどちらかなのに、それが事実のように扱われてしまうマスコミや司法機関の恐ろしさについて、考えさせられる作品なのでぜひ見てくださいね。

第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(11)

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 2006年にライブドア社の粉飾決算事件が起きた時、マスコミによる過剰報道の中で、「ライブドア・二重の虚構」(南堂久史著、ブイツーソリューション<発行>星雲社<発売>)という本がネットの中で話題になりました。

 この事件はライブドア社が株価売却益を資産として計上しなければならないのに、利益として計上した事と企業の買収金額を通常の4倍の金額で買収した事が問題になっていますが、そもそもライブドア社の会計処理は資本を削って、利益を増やしているだけの点と親会社のお金を削って、子会社のお金を増やしている小さな経理事件に過ぎないとこの本では主張しています。

 中世ヨーロッパの魔女狩り裁判の様に人々が魔女がいると錯覚している様に、ライブドア社の会計処理は悪質なものであると錯覚しています。それに、2006年にNECの子会社が90億円の粉飾決算事件が発覚しても誰も問題にしなかった点をあげて、マスコミの過剰報道の問題点を指摘しています。もちろん、この本の著者はライブドア社やホリエモン氏達に肩入れしているわけでもなく、だだ魔女狩りの様な錯覚をやめて欲しいと訴えていました。

 自分の本棚からこの本を出して、この本の紹介をしたのは、まだライブドア社の会計処理が悪質だったと信じている人がいるからです。別にライブドア社やホリエモン氏達に社会的な責任があると思ったり、嫌いであるのは個人の自由ですが、いまだにマスコミの情報操作で錯覚している人は、この本を読んで、魔女狩りの様な錯覚から解放して欲しいと思います。

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ライブドア・二重の虚構―夢から覚めたという夢ライブドア・二重の虚構―夢から覚めたという夢
著者:南堂 久史
販売元:ブイツーソリューション
(2006-08-10)
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 ライブドア社が粉飾決算事件を起こしたという事件は検察によるでっちあげであることを理論的に証明している本です。そもそも200億円の個人資産であるオーナー株主が53億円の粉飾決算を指示するという検察官のストーリーは相当無理があるのですが、それでもマスコミを使った情報操作でそれが一時的に事実のように扱われたことを考えると、マスコミ報道の恐ろしさを感じますね。

第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(10)

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 2006年におきたライブドア社の粉飾決算事件について、ホリエモン(堀江貴文)氏の実刑判決が確定しました。裁判官に先入観を持たせてはいけないという刑事裁判の鉄則があるので、この事件については今まで触れてきませんでしたが、そもそも200億円以上もある個人資産の持ち主が、たった53億円の粉飾決算を指示するというもおかしいと思います。

 刑事裁判において、検察側が被告人の犯罪を立証しなければならないのに、一般人なら誰でも持つ様な疑問がさらに深まっているような感じでした。ライブドア社の粉飾決算事件の裁判(ライブドア裁判)では、検察官の不利益部分を裁判官が無視したり、論理的でない理論でごまかしたりしていました。

 ホリエモン氏が東京地裁で実刑判決を受けた時、停止中の陪審法があれば、無罪の評決が出ただろうと思いました。東京地裁の裁判官は優秀な裁判官が多いので、無罪の評決を認め、無罪判決文を出したでしょう。もし、陪審員の評決が気に入らなくて、もう一度、別の陪審にかけてもまた無罪の評決が出て、どっちにしても無罪が確定したと思います。そう思っていても裁判官に偏見を持たせてはいけないと考えているので、こういった事をネットの掲示板にも書けませんでした。

 阪神大震災が起きて、世界中の人達が心配しているのに、そのどさくさにまぎれて、最高裁はいろいろ問題点を抱えていたロッキード事件(田中角栄元総理がロッキード社から5億円の賄賂を渡されたとされる事件)の有罪判決を確定させたから、ライブドア裁判もこの東日本大震災のどさくさにまぎれて、有罪を確定させるのではないかと思い、法律家の平野龍一氏の「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」という論文を紹介しましたが、悪い予感が的中して、非常に残念です。

 そして、東電OL殺人事件の冤罪事件に巻き込まれて、横浜刑務所から再審無罪を求めているゴビンダ氏も日本の最高裁の閉鎖性を見せつけられ、悔しい思いをしているのではないでしょうか。早く最高裁は停止中の陪審法を改良復活して、閉鎖性のある体質を直してほしいものです。

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怪盗ルパン奇巌城 (集英社文庫)怪盗ルパン奇巌城 (集英社文庫)
著者:モーリス・ルブラン
販売元:集英社
(1992-11-20)
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第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(9)


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 「沖縄ノート」(大江健三郎著、岩波書店)の発売差し止めを求めていた裁判で、最高裁で原告の主張を退け、発売差し止めをしないという判断が下されました。この裁判は、「沖縄ノート」の中で、赤松嘉次大尉達が沖縄県民に集団自決を命令したという記述はおかしいと赤松大尉の遺族達が、岩波書店及び大江健三郎氏に対して、訴訟していました。作家の曽野綾子氏が、現地取材でそういう事実はない事と大江健三郎氏が沖縄で取材していない事が明らかになりました。だから、岩波書店は大江健三郎氏の許可を取り、「沖縄ノート」を絶版処分にするべきでした。

 刑事裁判は検察側が常識で考えて、被告人が犯罪を犯した事を立証しなければいけませんが、民事裁判は証拠や証言が信用できる原告の方を採用しなければいけません。だから、一般常識で考えて赤松大尉の遺族の勝訴にしなければならなかったはずです。

 それに、「沖縄ノート」がいい加減な内容である事は、「マンスリーWILL」(ワック出版)や「SAPIO」(小学館)で言われていたので、自分が事実関係についてそれ以上の事は書きませんが、問題は「集団自決を命令した」という争点を「軍部が関与したかどうか」にすりかえた裁判所にあります。このすりかえは、刑事裁判の時に行政機関である検察が不利になった時によく使われます。裁判官は、行政機関から給料をもらっているので、不公平な裁判がよくあるのですが、今回の「沖縄ノート」裁判の場合は、法律書をいろいろ出していて世話になっている岩波書店やノーベル文学賞を取った大江健三郎氏の名誉を守りたいという想いがあったのでしょう。

 自分も岩波書店の法律書を結構持っていますし、大江健三郎氏はよくわかりませんけど、かなりの芸術性を持った作家だと思っています。だからといって、いい加減な事実認定をしていいわけがありません。法律家の大場茂馬氏は1915年に「裁判の生命とするところは、民衆のこれに対する信頼にあり、裁判にして民衆の信頼を欠如せんか、これが公平は疑われ、これは権威を罰せられ、その甚だしきは一種の暴虐として民衆に蛇蝎視せられるに至らん。いづくんぞよくこれを持って国を治め民をやすんずるを得んや。」と主張されました。

 意味は、裁判が国民の常識とずれてしまうと、裁判所の信頼もなくなり、そしていつか国民が裁判所に対して反感を持ってしまう、といった事です。大場茂馬氏が100年近く前に語った事が現実に起きています。この「沖縄ノート」裁判は「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」事を見事に示していた様な気がします。

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 ポルトガルから日本の大学院に留学して、そのまま日本で貧乏暮らしをしている女性の話です。話がのんびりと進んでいるので、まったりとした時間を過ごしたいと思っている方におすすめですよ。

第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(8)

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 2002年頃、「ゲーム脳の恐怖」(森昭雄著、NHK出版)という本があって、子供がゲームをすると、犯罪が増加すると言う内容で、当時ベストセラーになりました。それについて、ネットの掲示板で、警察の統計上、日本国で犯罪が多かったのは、1950年代であると反論していました。自分もネットで調べましたが、ネットの掲示板の主張している様に、ゲームがない頃の方が犯罪率が高いと言う事がはっきりしました。

 とりあえず、「本やタウン」で本を買って読んでいると、この著者は心理学や医学の専門用語を使って、感情論で「ゲームはけしからん。」といった事を説明していました。当時、長崎県で12歳の少年が誘拐殺人事件を起こしていて、しかも自白調書だけの冤罪事件ではなく、防犯ビデオに12歳の少年が殺害した人を誘拐する所が写っていたので、この著者も本を買った読者も「ゲームのやり過ぎると頭がおかしくなってしまう。」と結論づけ、この本がベストセラーになったのでしょう。

 この本がベストセラーになった事で、裁判官の人達も犯罪率を抑えるために、刑罰を重くするのはやむを得ないという雰囲気になってしまい、この時期ぐらいから死刑判決が増えてしまいました。日本の犯罪率が徐々に減っているのに、刑罰が重くなってしまうという傾向が出ています。

 日本の裁判官は、行政に人事権を握られているので、陪審制度を復活させて、公平な裁判を保証しなければなりませんが、法解釈にかけては、アメリカの様に優秀な弁護士から選ばれた裁判官のレベルと変わらないぐらい高いと思います。それでも、刑罰の重さは判例を重視しなければならないのに、こういった世論に影響するのでしょう。

 大事なのは、世論を作り上げる国民が、思い込みや偏見にとらわれずに、客観的な事実を重視する事です。昔、買った「ゲーム脳の恐怖」を読んで、そんな事を考えてしまいました。

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 テレビゲームをプレイすると、脳の働きが弱くなったりして犯罪が増えやすくなると書いていますが、警察白書によれば、日本の認知犯罪件数がどんどん減っているので、間違いだらけのことを述べているトンデモ本だと話題になったことで有名ですが、有名な学者が書いたからといって信用してはいけない、ということがわかるので、読んでみてもいいかもしれないですね。

第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(7)

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 前回に続いて、「東電OL殺人事件」の話になりますが、この事件の捜査機関のずさんな点や法務官僚が検察上層部のいいなりになっている日本の刑事裁判の問題点などは、「東電OL殺人事件」(佐野眞一著、新潮社)で詳しく書かれているので、気になる人は、「本やタウン」で注文して下さい。

 一審判決で無罪になったネパール人のゴビンダ氏を「無罪者は拘束できない」という法律に従って、ネパールに強制送還させなかったばかりでなく、証拠も何もないのに、法務官僚の言いなりになって、逆転有罪判決にした事は何度も書きましたが、さらに問題なのは、一審無罪判決が出るまで、ゴビンダ氏を犯人扱いしていたマスコミが、この「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」状況について、何も説明していなかった事です。

 アメリカのメディアの方では、法務官僚が検察上層部のいいなりになり、無実の人が不当拘束されそうになっているのを取り上げていましたが、日本では、この事件の問題点を取り上げようとする気がまったくありませんでした。それだから、テレビや新聞を読む人がどんどん減っていくのでしょうが…。

 当時、つきあっていた彼女にこの事件の話をすると、「あのネパール人の人は無実だから、無罪判決が確定してネパールの家族のもとに帰ったのでしょう。」と言われたので、この刑事裁判の問題点を話すと、「ナチス・ドイツではあるまいし、そんな事あるわけないでしょう。」といった答えが返ってきました。

 ナチス・ドイツは、ジェイコフ・シフをはじめとするユダヤ財閥の様にいろいろとお世話になっていたので、あまり批判をしたくありませんが、1930年代のドイツは、日本の様に議会政治はしっかりとしていませんでしたから、彼女の言いたい事はよくわかりますが、刑事裁判の点においては、1939年にドイツ政府が参審制度を廃止して、国民の司法参加を止めたナチス・ドイツと1943年に大東亜戦争の激化のために、日本政府が陪審制度を停止して、法務官僚の妨害のために、国民の司法参加を止めたままになっていた日本とまったく変わらないかと思います。

 あとそっくりなのが、新聞やテレビのマスコミの態度でしょう。マスコミは国家権力の監視という義務を忘れて完全に国家権力のいいなりになってしまい、国民に重大な情報を隠してはいけません。ゴビンダ氏の支援団体や弁護団のおかげで、ゴビンダ氏の再審無罪を勝ち取るまで、この事件の問題点を隠そうとする気なのでしょうか。

 今まではネットがそこまで普及していなかったので、昔の彼女の様に司法に関心がない人に情報を隠しておく事が可能でしたが、いまだにそんな事をすれば、マスコミの信頼がなくなっていくはずです。だから、マスコミの信頼を取り戻すには、刑事裁判の問題点があれば、専門家に取材して、公平な報道をする努力が必要です。


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東電OL殺人事件東電OL殺人事件
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 日本で冤罪事件で再審無罪になるケースは正義感が強い優秀な弁護士がついていて、凄腕のジャーナリストが取材をしている事という場合しか起きませんが、真犯人を取り逃がしてもいいから、無実の人が不当に罰せられることのないようにするためにも、高い取材力をもったジャーナリストが書かれた本をぜひ読んでくださいね。
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