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 今日、本棚の中にあった三宅正太郎元判事が書かれた「裁判の書」という本を読みました。この本は、1934年に発行されて、ベストセラーになって、今までいろいろな出版社から発売されています。一般人向けの法律関係の本で、当時の刑事裁判の問題点や著者の裁判官の経験をもとにした人生観などがかかれていて、非常に面白いです。

 「陪審制度を考える(丸田隆著、中央公論新社)」や「逆転 沖縄の陪審裁判(伊佐千尋著、岩波書店)」の様に20年以上も重版を重ねたり、いろいろな出版社から発売されている本は、普遍的な内容であり、多くの読者の共感を得ているので、そういう本は一度は読んだ方がいいです。

 さて、本屋で販売している「裁判の書(三宅正太郎著、慧文社)」は、2006年に発行され、7350円と割と高い本ですが、自分が持っている「裁判の書」は、1953年に創元社文庫として発売された本で、博多の古本屋で1万円で買ったので、それを考えるとお得だと思います。

 この本で、今の刑事裁判でも問題になっている自白の問題を取り扱っています。明治時代の終わり頃に、一家全員が殺害される事件があり、逮捕された男性が取り調べ室で、やってもないことをやったと言って、それを裁判官が検察に引き渡すかどうかの段階になっても虚偽自白を維持した事があったそうです。幸いにも真犯人が逮捕されて、裁判所は無実の人を起訴させなかったですが、もし捜査機関が真犯人を特定出来なければ、真犯人の代わりに死刑判決を受けたでしょう。

 だから裁判官は証拠や検察官が書いた調書を何度も調べなければならないと強調しています。たしかに確定死刑囚の人が再審無罪になった事件も裁判官が何度も調べて、法務官僚の圧力に負けなければ、ああいった冤罪は防げたでしょう。もし、この本を古本屋で見かけたら、買って見て下さい。

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裁判の書裁判の書
著者:三宅 正太郎
販売元:慧文社
(2006-10)
販売元:Amazon.co.jp
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 尾崎行雄不敬事件の逆転無罪判決を出した戦前を代表する裁判官である著者が当時の法律について語ったり、日本の陪審制度について感じたことについて書かれています。内容は戦前のことについてですが、普遍的な話が多いので、現在の日本人が読んでも感銘を受ける部分が多いから、興味がある人はぜひ読んでみてくださいね。