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 2009年5月に、裁判員法(裁判員が参加する刑事裁判に関する法律)が施行される直前になって、反対のデモに参加した人とメール交換をした時の話ですが、O.J.シンプソン裁判で、民事裁判では、12人の陪審員は、彼が犯人であると断言されたのに、刑事陪審では、DNAが一致したにもかかわらず、無罪になったから、刑事陪審は欠陥が多いので、陪審制度を復活させる事や刑事陪審の変形である裁判員制度にも反対である、という意見でした。

 まず、完全な事実の証明を100%とすると、民事裁判では証拠の優越(Preponderance of Evidence)といって、言い分が50%くらい正しい原告の方を採用しますが、刑事裁判の場合は、検察側が一般人から見て、疑問を抱かない程度の証明をしなけばいけません。元最高裁判所判事だった渡部保夫氏の著作では、これが95%くらいだろうというのを読んだ覚えがあります。だから、同じ陪審裁判でも、刑事陪審が無罪になったのに、民事陪審が有罪になる可能性があります。それに、陪審裁判をコントロールしたり、陪審員に説明するのは、裁判官の役割のはずです。

 O.J.シンプソン事件は、1994年6月12日に、ロサンゼルスの高級住宅街にある前妻のニコル・ブラウン宅で、ニコル・ブラウン氏とロナウド・ゴールドマン氏の惨殺死体が発見されました。ロス市警は17日に、被疑者として、前夫のO.J.シンプソン氏を逮捕しました。シンブソン(O.J.Simpson)氏は前面否認しました。

 警察は、現場で血染めの左手袋を発見し、血痕をDNA鑑定した結果、シンプソン氏のものと一致しました。もう、一方の右手袋がシンプソン氏の自宅の庭で発見され、そこに付着していた血痕のDNAは、ニコル氏とゴールドマン氏のものと一致しました。さらに、シンプソン氏の家に接する道路に駐車していた四輪駆動車の車内から血痕を採取し、DNA鑑定の結果、シンプソン氏のDNAと一致しました。また、自宅の寝室で発見された靴下にも、ニコル氏のDNAと一致しました。

 弁護団は、これがでっちあげだと、主張しました。シンプソン氏は事件の翌日に、警察による取調べを受けた時に、警察から任意で血液採取を応じました。採取された量は、8ccだったのに、鑑定のため、検査に回されたのが、6.5ccだったのは、警察が行方不明になった1.5ccをシンプソン氏とされる手袋などになすりつけたのではないかと主張されました。

 血液採取に立ち会った警察官が、採取したシンプソン氏の血液を直ちに、科学捜査研究所に回さず、ガラス容器に入れた血液を持ったまま、現場に行っていた事が明らかになりました。そして、血染めの手袋を発見したファーマン刑事が証拠を偽造していた可能性が出てきたり、人種差別主義者であることが明らかになり、1994年11月3日~1995年9月28日まで、11ヵ月も続いていた陪審裁判で、10月2日に無罪の評決が出ました。

 これについて、当時の日本のマスコミは、弁護側の戦術によって、主要争点が人種問題にすりかわり、陪審員は、証拠よりも、警察に対する反感と被告人の同情から、無罪評決を出したと解説して、だから日本で停止中の陪審制度を復活しては駄目なんだ、といいたげな報道をしていましたが、DNA鑑定の証拠能力があれば、シンプソン氏の有罪が決まっていたようなもので、シンプソン氏の弁護団も、司法取引で死刑を回避するしか方法がなかったのに、ファーマン刑事達の大暴走のせいで、DNA鑑定の証拠能力をガラクタにしてしまいました。

 シンプソン氏が白人でも、黒人でも、刑事陪審の評決が変わらなかったでしょう。陪審員は、警察が証拠を偽造した可能性がある事という疑問が残りました。シンプソン氏に無罪評決を下した陪審員の1人は、「シンプソン氏は2人を殺害したと思うが、検察がそれを合理的な疑問を余地なく証明出来なかった。」と述べました。

 マスコミの様に、日本で停止中の陪審法を批判したり、O.J.シンプソン氏の無罪評決を人種問題にすりかえたり、井上薫判事の様に、国民の司法参加をバカにする人は、1996年に、シンプソン氏の弁護団の1人で、ハーバード・ロースクールの教授であるダーショウィッツ氏が書かれた
「Reasonable Doubts」(Dershowitz Alen著、NewYork;Simon&Schuster)を読んで欲しいです。この本には、裁判所で証言する警察官がいかに偽証するケースが多い事や、それを黙認している警察官や裁判官がいかに多いのかを批判し、検察側の証明に、疑問を払拭出来なかったから、刑事陪審が無罪になったのは、当然の判断だったと結論づけています。日本の刑事裁判の方がアメリカよりも、そういった傾向が強いので、一度は読んだ方がいいと思います。ダーショウィッツ氏は学者としても、法廷弁護士としても、一流の方だけあって、文章がわかりやすいです。自分も、ダーショウィッツ氏の様なわかりやすい文章で書きたいです。

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Reasonable Doubts: The O.J. Simpson Case and the Criminal Justice System (Thorndike Press Large Print Basic Series)Reasonable Doubts: The O.J. Simpson Case and the Criminal Justice System (Thorndike Press Large Print Basic Series)
著者:Alan M. Dershowitz
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 アメリカのフットボール選手で、妻を殺害した容疑で起訴されたO・J・シンプソンの弁護士が合理的疑いを越える証明と刑事裁判のシステムについて書かれた本です。アメリカの刑事裁判について詳しく書かれているので、アメリカ法に興味がある人は、この本を買って読んでみてくださいね。