旧陪審法関連

第9話「司法官僚は化石です」(14)

弁護士布施辰治弁護士布施辰治
著者:大石 進
販売元:西田書店
(2010-03)
販売元:Amazon.co.jp
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 ゴールデン・ウィークに実家に戻っていた時に、テレビで言論の自由はアメリカ占領軍が与えた様な印象を与えるドキュメンタリーがあったのですが、言論の自由は、海野普吉弁護士や三宅正太郎判事をはじめとする多くの人の努力で勝ち取ったものであり、アメリカ占領軍が与えたものではありません。自分はテレビを持っていないので、普段、マスコミがテレビでどういった発言をするのかは、ネットを通さないと、わかりませんが、アメリカの言論の自由も、国民の努力によって勝ち取ったものです。

 1735年のアメリカで、植民地総督についての中傷記事を新聞に掲載した新聞記者であるジョン・ピーター・ゼンガー氏が、政府認可の新聞以外の発行を禁じる植民地法律に基づき、煽動的文書毀損罪に問われた時、陪審裁判で、ウィリアム・ペン氏が宗教弾圧を受けた事件で、陪審員が法律を無視して、無罪評決を出した例を引いて、陪審員による無効裁定で、この法律を無効と判定して、これによって、出版の自由が確立されました。

 その後も、本国議会の制定した本国商人のための利益のために、植民地人の貿易を規制する法律の違反者を、植民地だったアメリカの陪審裁判で、次々と無罪評決を出しました。それに対して、イギリス政府は、密貿易者を陪審にかけられない海事裁判で裁判をする事で、植民地における陪審裁判を停止しました。

 これが、印紙税問題に並ぶ独立革命の直接的な原因とされています。このために、独立宣言前後に制定された諸州憲法で、陪審裁判を受ける人民の権利を謳い、合衆国憲法で、第3条、修正6条、第7条の3箇条にわたって、陪審裁判について定められています。

 イギリスのデブリン判事は、「権力者は陪審制度を嫌う。」とおっしゃっていましたが、陪審制度があると、裁判権を国民が握る事があるので、圧政的な法律が作られたとしても、陪審裁判で法律を無効化する事が出来ます。日本帝国の政党政治が右翼テロや社会主義者を取り締まる治安維持法を成立した事について、日本の知識人から批判されていますが、そもそも法務官僚が治安維持法を大正陪審法の適用外とした事が問題なのであり、今の裁判員法にも言える事ですが、適用範囲を広げていれば、圧制的な法律も無効化したはずです。

 外国も評論家の人も、治安維持法はナチス・ドイツやソビエトと比較すると、まったく大した事がなかった、と主張している本をカナダで読みました。治安維持法を語るのは別に構いませんが、陪審法の事について全く触れずに、政党政治非難をするのはあまり感心出来ません。本の売上がコミック以外、すごく下がっていますが、日本の知識人が歴史学者でもない自分から突っ込まれる様な歴史の評論の本を書かれるから、読者に見放されている様な気がします。

第8話「ミランダ事件の誤判について考えてみます」(6)

GA-芸術科アートデザインクラス (2) (まんがタイムKRコミックス)GA-芸術科アートデザインクラス (2) (まんがタイムKRコミックス)
著者:きゆづき さとこ
販売元:芳文社
(2008-01-28)
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 2009年5月に、裁判員法(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律)の施行される直前になってデモをした人とメール交換をした事がありましたが、裁判員法に反対の理由として、アメリカのマクマーチン事件の様に、陪審員の評決まで2年半もかかった事がありましたが、それだけの長期裁判を日本人が我慢できるとは思えない、という事でした。

 マクマーチン事件は、1983年にアメリカのロサンゼルスにあるマクマーチン一族が経営していたマクマーチン幼稚園で、アルコール依存症にかかっていたレイモンド・パッキー氏が、自分の子供が学校の教職員に性的暴行を受けた事を警察に通報した事から始まり、警察や検察はろくな証拠もないのに、バージニア・マクマーチン氏達を起訴して、7年後の1990年に無罪評決になりました。最初の陪審裁判で、ほとんどの容疑が無罪評決になり、後は評決不能になりました。評決不能になった容疑を陪審裁判にかけて、また評決不能になったので、不起訴にしました。

 日本の旧陪審裁判では、嬰児殺害事件の評決まで7日かかったのが最長ですが、日本の裁判員裁判でも、マクマーチン事件の様な長期裁判が起きる可能性が否定出来ません。1999年5月27日の朝日新聞でも、もし停止中の陪審制度が復活すれば、長期の陪審裁判をする事もありますが、日本人にその覚悟があるのだろうか、と特集を組んだ事がありました。

 2009年に、結婚詐欺事件を起こしたとして、殺人罪と詐欺罪で起訴されている木嶋佳苗氏が、裁判員裁判を受けていますが、裁判の争点がかなりあるために、長期化が予想されています。朝日新聞社の記者の予想通りになりましたが、陪審法の復活運動をした多くの一般人もその事は、よくわかっていたと思います。陪審復活運動にかかわらかった人も裁判員になっていると思いますが、刑事裁判にかかわってしまったからには、全力を尽くすと思います。

 それに、マクマーチン事件で、検察と検察の捜査の誤りをただして、無罪評決にしたのは、陪審制度の力が大きいです。裁判官は法解釈の専門家であっても、国家権力から給料を貰っているので、警察と検察の暴走を食い止めるのは難しかったでしょう。

 日本でマクマーチン事件の話を聞いて、常識で考えれば、幼稚園で児童虐待などをすれば、すぐ噂になるはずです。山本五十六長官が真珠湾攻撃を計画していた時も、東京中にウワサが流れ、当時の駐日大使だったジョセフ・クラーク・グルー氏がアメリカ政府に報告した事がありました。真珠湾攻撃の様に、日本帝国の機密事項でも、すぐウワサになるのに、児童虐待が事実なら、カルフォルニア州中のウワサになり、警察によって強制捜査が入るのではないかという事をアメリカの検察が気がつかなかったのか不思議に思いました。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(7)

デンマークの陪審制・参審制―なぜ併存しているのかデンマークの陪審制・参審制―なぜ併存しているのか
販売元:現代人文社
(1998-06)
販売元:Amazon.co.jp
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 ヨーロッパ大陸や日本の様に、実質的な大陸法国家で、陪審制度が成功している国として、あげるならスイスとデンマークでしょう。デンマークの陪審制度に関しては、「デンマークの陪審制・参審制」(日本弁護士連合会編、現代人文社)で、陪審制度の復活を目指している弁護士達が、デンマークの陪審制度や参審制度の調査報告書として、出版されているので、気になる人は本屋で注文してください。

 スイスの陪審制度についてですが、なぜ、スイスの陪審制度が成功しているのか、という背景ですが、これはカナダの古本屋で買った本の中に書いていたのですが、国民が共同体の仕事に関与する長年の習慣があり、陪審制度も上手くいく傾向があると分析しています。社会情勢や物事の処理の仕方がイギリスに似ているため、イギリスの様な陪審制度を身に付けることが出来たそうです。

 たしかに、陪審制度に限らず、外国の文化を吸収するという事は、ただ制度を真似るだけでなく、自分の国の文化に合う様に考えていかなければいけないという事でしょう。大場茂馬博士は、1915年に書かれた「陪審制度論」という本の中で、日本の陪審制度が成功とする目安として、「裁判の公正」と「裁判所に対する信頼」をあげられました。

 つまり、社会制度や裁判制度は、抽象的に優越を決める事ではなくて、具体的な社会的な条件のもとで、その国の国民から、歓迎され、また信頼を受ける内容を持っている事が一番大事な事である、と主張しているのでしょう。だから、ドイツや韓国の様に、陪審制度ではなくて、参審制度が自分達の文化に合っていると感じているのなら、それはいい事だと思いますし、その制度を守って欲しいと思います。

 ただ、日本の様に、多くの国民や陪審制度復活の市民団体が陪審制度を望んでいるのに、法務官僚の都合で、検察官控訴を認める参審制度である裁判員制度を作ったのは、やはり問題があると思います。もちろん、裁判員制度のおかげで、今までの様に、いい加減な捜査や逮捕が出来なくなり、裁判所の信頼を取り戻しつつありますが、裁判所が日本人から信頼されて、磐石の基礎を築くには、多くの日本人が望んでいる様な、国民の司法参加の形である陪審制度を復活してもらいたいです。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(5)

家栽の人 (6) (小学館文庫)家栽の人 (6) (小学館文庫)
著者:毛利 甚八
販売元:小学館
(2003-05)
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 ドイツなどのヨーロッパ大陸法国家が裁判官と一般人が刑事裁判をする参審制度になり、実質的に、大陸法系国家である日本も、陪審制度復活の運動の結果、裁判員制度という、検察官控訴を認める参審制度になりました。英米法国家では、陪審制度が定着しているのに、なぜ大陸法系国家は参審制度が主流になるのか、ミッテルマイエル(K.J.Mittermaier)博士が1865年に、ヨーロッパの陪審制度について検討した「欧米における陪審裁判所の有効性についての経験」という論文の英訳版をカナダの古本屋で買ったので、それをもとに考えていきたいです。


 まず、大陸法には、糺問主義という、中世ヨーロッパの異端尋問や遠山の金さんの時代劇の様に、1人の人間が検察官と裁判官を兼ねて、事件を捜査して、判決を出す刑事訴訟手続があります。ミッテルマイエル氏の論文によると、ドイツやフランスでは、もともと糺問主義的な刑事訴訟法の上に、陪審制度をつないだために、いろいろな点で、無理が生じたのである。その最も重大な欠陥は、ドイツやフランスの陪審制度が、設問(発問)の制度(Fragestellung)をとっていた事であるであり、これを改善するためには、この制度を改善するか、または全廃して、英米法系の形式、つまり陪審員が起訴された犯罪について、直接、犯罪の有罪か無罪かの答申する形式を採用するしかない。

 また、フランスやドイツの様に、裁判長が、証人や被告人の尋問をする制度は不適当であり、英米法系諸国の様に、交互尋問をするべきだ、と主張しています。つまり、ミッテルマイエル氏のいいたい事は、大陸法系諸国においては、もともと官僚裁判官中心の裁判である形式をとっていて、その訴訟手続も、これに適合する様に、糺問主義的な構造であったものに、イギリスの様な英米法系諸国の陪審制度を取り入れようとしたために、ドイツやフランスの陪審制度が上手くいかなかった原因である、という事です。

 だから、フランスやドイツで陪審制を定着させるためには、訴訟構造を根本から、英米法にしなければいけない、としています。そのような刑事訴訟改革により、ドイツは、陪審制度を必ず定着できる、と結論づけています。現実は、ドイツで、比較的、軽い事件で取り扱っていた参審制度という、裁判官と一般人が刑事裁判の判決を出す制度が、陪審制度にとって代わられていき、1924年に、ドイツが参審制度だけになりました。

 日本でも、アメリカ占領軍の司法改革として、ユダヤ系ドイツ人の裁判官だったオプラー博士が、日本の陪審制度が定着しなかった理由が、大陸法系の訴訟手続の上に、ドイツやフランスの様に、陪審制度に、発問(設問)を設けていたからだと判断して、(オプラー博士の回想録を読むと、そうではないかと思います。)日本を英米法系の訴訟手続にしましたが、人間の考え方というのは、そう簡単に変えられないので、実質的には、大陸法系の訴訟手続のままになりました。

 ミッテルマイエル氏の論文は、今でも考えさせる内容ですが、その国の訴訟手続というのは、言葉と同じように、その国の文化を反映しているので、他の国の制度を真似る事はできても、それを自分の文化に適用させるのは難しいと思います。それでも、日本は、仏教や漢字などの外国の文化を自分の国に適用させた事がありますし、決して不可能ではないと思います。

第7話「大陸法系諸国において陪審制度が栄えない理由とは」(2)

生徒会の一存1 (角川コミックス ドラゴンJr. 143-1)生徒会の一存1 (角川コミックス ドラゴンJr. 143-1)
著者:10mo
販売元:富士見書房
(2009-05-09)
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 大陸法について考える場合、その基盤になっている糺問主義について説明します。糺問主義(Inquisitorial System)というのは、1人の人が検察官と裁判官を兼ねて、事件を捜査して、判決を出す刑事訴訟手続で、中世カトリックの異端尋問や時代劇の「遠山の金さん」の様に、江戸時代に行われた「お白州裁判」の様なものです。法律書や司法研究書の中には、糺問主義を糾問主義と書かれている事がありますが、意味は同じです。

 フランスなどのヨーロッパ諸国や日本帝国の様に、大陸法系諸国では、糺問主義の変形である職権主義が採用されています。検察官と裁判官の権限を持ち合わせた予審判事が事件を捜査して、被告人を有罪と判断した場合は、身柄を検察庁に送ります。検察庁は、自動的に被告人を裁判所に送り、陪審裁判にかけるという制度です。ただ、日本帝国の陪審裁判は、皇室に対する犯罪や治安維持法は対象外になっていました。

 予審判事が公判にかけるべきと判断した場合は、その時点で、実質的に「仮の有罪判決」が出ています。公判では、これを認めるか、証拠不十分として無罪判決を下すかが争われます。つまり、職権主義は中央集権国家体制の様な所があり、予審判事に強大な権限が与えられています。

 そのため、大東亜戦争後に、アメリカ占領軍の司法改革を担当したオプラー博士(Alfred Oppler)達が、日本の刑事訴訟法を大幅に改正して、糺問主義から、当事者主義という検察官と弁護士の主張を対決させて、真実を見つけようとする制度になりましたが、アメリカ占領軍が天皇陛下に対して、人間宣言をさせたために、官僚をの権限を抑えこんでいた皇室の権威が弱くなり、官僚の権限がさらに強くなりました。

 糺問主義は官僚の権限が強くて、陪審制度がなかなか定着しなかったので、当事者主義に変えたオプラー博士達の判断は間違っていないと思いますが、アメリカの大陪審の変形である検察審査会を、国民の司法参加を嫌がる法務官僚の圧力を抑えて、導入しましたが、それよりも大東亜戦争終戦後に復活させるはずだった停止中の陪審法を、法務官僚のすさまじい反発を抑えてでも、復活させるべきだったと思います。

第6話「裁判批評と表現の自由」(14)

ある弁護士の歩み (1968年)
著者:海野 普吉
販売元:日本評論社
(1968)
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 横浜事件というのは、経済学者の川田寿氏と細川嘉六氏の逮捕から始まり、中央公論社と改造社と日本評論社と岩波書店と朝日新聞社などの大手出版社の編集者を巻き込んだ大東亜戦争中の言論弾圧事件の事です。警察や検察が大暴走した事件のために、事件の内容や自白調書がくるくる変わるという冤罪事件のパターンであるから、事件の詳細を語るのが難しいので、横浜事件について説明している本が少ないのは、そのためです。

 この横浜事件の弁護を担当した海野普吉弁護士の「ある弁護士の歩み」(海野普吉著、日本評論社)によると、細川嘉六氏が雑誌「改造」の1942年8、9月号に掲載された「世界史の動向と日本」という論文で、「ソ連が多くの異民族を抱えながら、各民族の自主を認めて融和し、5ヵ年計画を立派に成し遂げた事や、資本主義国は最近、20年間に行き詰りの一途をたどり、列強間の対立が激化した結果、第二次世界大戦を迎えた事、支那・印度における植民地政策では駄目で、民族の自由と独立を尊重するソ連に学ぶべきである。」と8、9月号掲載分、合わせて54ページの論文を主張しました。

 この論文が共産主義の宣伝とされ、発禁処分では過ぎず、1942年9月14日に逮捕され、どんどん逮捕者が増加して、49人の事件関係者が逮捕される事になりました。ここからが問題なのですが、取り調べ中に、あまりにすざましい拷問をしたために、5人の方が命を落とす事になりました。事件の弁護を担当した海野普吉弁護士も、被告人達を司法取引で早く裁判を終わらせ、刑罰をできるだけ軽くする道を選びました。被告人を地獄の様な環境から解放するべきだと判断したのは、妥当だと思います。

 事件が終わってから、拷問を受けた事件関係者が横浜刑務所の地名である笹下(ささげ)という名前を取って、「笹下会」という会を作り、拷問した警察官を告訴しました。取調べをした松下英太郎警部と柄沢六郎警部と森川清三警部が起訴され、横浜地裁は、1948年に、特別公務員暴行傷害で、有罪判決を下し、松下英太郎氏を懲役1年6ヶ月、残る2人を懲役1年の実刑にしました。そして、最高裁が一審判決を支持するという、拷問が裁判上、認定された珍しい例です。今では、拷問による自白をとっても、捜査官は責任をとらなくてもいいという事を考えると、裁判所は見習って欲しいと思います。

 それにしても、旧陪審法が治安維持法や出版法の適用を受けていたなら、取り調べ中に拷問を受ける事もなく、取り調べた警察官が刑務所に行く事がなかったでしょう。大東亜戦争の様な国運を賭けての状態でも、陪審裁判なら、無理な捜査をすれば、男性陪審員から、裁判中に批判されるので、横浜事件は細川嘉六氏の逮捕だけですんだかもしれません。陪審裁判なら、「世界史の動向と日本」という論文を読んで、日本の目指す「東亜新秩序」は、南方の民族政策をソ連の長所を見習い、日本人が原住民と平等の立場で提携して欲しいという愛国心から書かれたと判断し、無罪評決を下し、裁判長も無罪を認めたでしょう。

第6話「裁判批評と表現の自由」(10)

魔法少女まどか☆マギカ 2 【完全生産限定版】 [DVD]魔法少女まどか☆マギカ 2 【完全生産限定版】 [DVD]
出演:悠木碧
販売元:アニプレックス
(2011-05-25)
販売元:Amazon.co.jp
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 1938年10月に、軍部批判をした東京帝国大学教授だった河合栄治郎氏の著書4冊が言論弾圧を受けた河合栄冶郎事件ですが、この事件の一審で、弁護人だった海野普吉氏は、出版法27条に定められている社会秩序を妨害したり、公共風俗を乱したりする本である、という検察側の主張に対して、河合栄冶郎氏や発行人である日本評論社社長だった鈴木利貞氏は犯罪をしている認識がなかったと反論しました。

 出版物の公共性から考えて、出版法に触れる様な書物なら、当然、直ちに検挙されるはずなのに、4冊の書物(「ファッシズム批判」、「時局と自由主義」、「改訂社会政策原理」、「第二学生生活」)とも重版を重ね、内務大臣に発禁を命じられるまでは、警告を受けなかった事を考えれば、ホームズ判事が「明白かつ現在の危険を招く言動のみ、政府が言論規制できる。」という基準に違反しなかった事がわかります。

 問題になった書物は、「河合栄冶郎全集21巻」にあるので、古本屋で見かけたら、読んで見てください。それと、一審の公判の証言では、警視庁でも1938年の夏ごろまでは、問題にならなかったそうです。そして、海野普吉弁護士は、初版発行から、時効完成の1年が経過しているので、免訴の言い渡しを受けるべきであると、公訴の時効という法律問題を主張しました。

 1940年10月に無罪判決が言い渡されました。海野普吉弁護士の公訴権の消滅は認められませんでした。石坂修一判事の判断では、重版以降も発行の度に出版行為と見なすべきである。その代わり、河合栄冶郎氏や鈴木利貞氏には、犯罪をする意思がなかったとする主張を認め、犯罪要件が不足しているので、犯罪が成立しないと判断しました。一審の公判は、検察官の希望で、非公開の裁判にするという状況の中で、公平な判断ができたものだと感心します。

 無罪判決を下した石坂修一判事が法務官僚の圧力で左遷をされ、逆転有罪判決になりましたが、旧陪審法が希望すれば、どんな刑事裁判でも適用になるのであれば、同じ様な判断をして、検察官控訴ができないので、(その代わり、被告人控訴もできませんが。)無罪確定になったと思います。書物の内容の判断は、法解釈の専門家である裁判官よりも、一般人である陪審員の方が、被告人も納得できるのではないかと思います。あと、石坂修一判事の様に、法務官僚が左遷する事が出来ないので、陪審法成立の時に、政権与党だった政友会が頑張って欲しかったです。

第6話「裁判批評と表現の自由」(7)

魔法少女まどか☆マギカ 3 【完全生産限定版】 [DVD]魔法少女まどか☆マギカ 3 【完全生産限定版】 [DVD]
出演:悠木 碧
販売元:アニプレックス
(2011-06-22)
販売元:Amazon.co.jp
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 河合英治郎事件や横浜事件の様な言論弾圧事件について、暴走した検察官や警察官を批判をする事は簡単ですが、こうなったのは、権力を監視する役目を持っているマスコミは検察や警察や軍部である行政権力におもねってしまい、行政権力のいいなりになり、最後は横浜事件で、マスコミ関係者を中心に言論弾圧を受けて、取調べ中の拷問で5人の命を落とす最悪の事態になりました。

 旧陪審法は民意を反映させ、拷問による虚偽自白を避けるために成立させたのに、法務官僚が陪審法に欠陥をいれたのを見て見ぬふりをしていたので、国民を守るはずの国家権力によって、言論弾圧を受けましたが、マスコミはまったく反省していない様な気がします。たとえば、講談社の「歴史クロニクル」という分厚い本を読んでも、旧陪審法の事に全く触れていません。まるで、陪審法がないから、言論弾圧事件を受けた様な印象を受けます。

 1927年に発行された「陪審法の新研究」(梶田年著、清水書店)でも、法学士である著者が、陪審制度の適用範囲があまりにも狭いと批判しています。皇室に対する犯罪や内乱罪の様な同胞である国民の審判が必要な事件を受けられないのはおかしい、イギリスの陪審法では、刑事事件は基本的に陪審裁判を受けられるので、陪審裁判の範囲を拡大するべきである。それに殺人罪や放火で起訴されて、なお陪審裁判を受けるのは、無実の被告か証拠不十分の被告で、無罪判決を狙う不届き者しかいないだろうと主張されました。

 こういった本が2円50銭(今の貨幣価値で2500円くらい)で販売していたのに、マスコミは治安維持法が陪審法の適用外にされていたのを国民に訴えようとしませんでした。その後、1932年に作家の小林多喜二氏が治安維持法違反で逮捕され、取り調べ中の拷問で命を落としたのに、陪審制度の重要性に気がつかないふりをしていました。陪審法を成立させた高橋是清首相や原嘉道法相がいたので、この時なら陪審法の改正も出来たのに、マスコミは社会主義者ではないから、関係ないといった態度をとってしまったのが、残念です。

 そして、1939年の河合英治郎事件や1942年の横浜事件で、表現の自由が完全に侵害されました。今のマスコミも国家権力のいいなりになっているので、そろそろ態度を変えないと、とんでもないしっぺ返しを受ける様な気がします。自分もネット言論やブログで訴えていますが、漫画家時代の様な発言力が全くないので、マスコミ関係者で発言力のある方はフリーになって、権力の監視をして欲しいです。

第6話「裁判批評と表現の自由」(3)

日本の「未解決事件」100 (別冊宝島) (別冊宝島 1733 ノンフィクション)日本の「未解決事件」100 (別冊宝島) (別冊宝島 1733 ノンフィクション)
販売元:宝島社
(2011-03-11)
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 昨日の夜にyahoo newsを見ていたら、名張毒ぶどう酒事件の再審を認めないという報道がありました。名張毒ぶどう酒事件は、ジャーナリストの江川紹子氏が本を書いていますし、法律家のサイトでも紹介されていますが、1961年に三重県で、何者かによって、5人の方が毒殺された事件です。警察の見込み捜査で、殺害された女性の夫である奥西勝氏が起訴され、証拠が自白調書しかないため、一審で無罪判決を受けましたが、高裁で、逆転死刑判決を受け、最高裁で死刑が確定しました。

 法務官僚はともかく、一般人で奥西勝氏が真犯人と思っている人などいないでしょう。最近では宝島社から「日本の『未解決事件』100」という本が出版され、この中に、名張毒ぶどう酒事件が取り上げれているぐらいです。少し前の再審の時は、アメリカ人の心理学者が、自分の妻が殺害され、精神不安定になっている時に、取調べを受けていたために、やってもいない事をやったと告白したのだろうと、分析していましたが、再審を担当した裁判官は、やってもいない事をやったというわけがないと判断しました。

 やってもいない事をやったというのは、日本の冤罪事件のほとんどを占めていますし、旧陪審の初期の時でも、自白のみで起訴した事件がありました。名張毒ぶどう酒事件の再審無罪判決を出すと、一審の裁判官の判断が正しかったと法務官僚が認めるので、80歳を超えた奥西勝氏が亡くなるのを待って、この冤罪事件を闇に葬ろうとしているのでしょう。

 旧陪審なら、自白しかない奥西勝氏を無罪の評決が出るでしょうし、それも6人以上の無罪評決ではなくて、12人一致の無罪評決が出るので、裁判長も無罪判決をしぶしぶ出したでしょう。旧陪審法は欠陥だらけと言われていますが、被告人控訴が出来ない代わりに、検察官控訴も出来ないので、検察官控訴を認めている裁判員法より、はるかにマシです。

 日本国憲法39条で、「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」と規定していますが、最高裁は、これは検察官控訴を認めないのではなくて、「一時不再理」のみを保障したものであると解釈しましたが、一般人が読めば、検察官控訴の廃止という意味にしかとれません。それに検察官控訴を認めて、害になった事ならいくらでもありますが、役にたった事など聞いた事がありません。

 例をとると、河合栄治郎氏が2・26事件で高橋是清首相や斎藤実首相を暗殺した青年将校達を批判したために、検察から出版法違反で起訴された河合栄治郎事件で、逆転有罪判決で罰金刑が確定し、ジャーナリストが自由な言論活動を行う事が不可能に鳴りましたが、これでも検察官控訴を認めなければ、河合栄治郎氏の無罪が確定し、もう少し自由な言論が保障されていたはずです。だから、最高裁は検察官控訴を廃止にする判例を出して、奥西勝氏に再審無罪判決を出して欲しいです。

第5話「裁判官の人事権の独立」(15)

岸辺露伴 ルーヴルへ行く (愛蔵版コミックス)岸辺露伴 ルーヴルへ行く (愛蔵版コミックス)
著者:荒木 飛呂彦
販売元:集英社
(2011-05-27)
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 地元の本屋で買った「岸辺露伴 ルーヴルに行く」(荒木飛呂彦著、集英社)をアロマオイルで焚いた部屋の中で読みました。まるでフランスに旅行に行っている様な気分になれました。それはともかく、東電OL殺人事件で、検察側は事実認定で争う姿勢を崩さないそうです。かつて、ゴビンダ氏に無期懲役を求刑した女性検察官も、今の検察官も、停止中の旧陪審制度で、男性陪審員として事実認定をすれば、証拠も証人も目撃証言もないので、無罪の評決を出すでしょうが、検察上層部の面子を守るために暴走をしているので、どんな法律違反をしても、有罪維持に全力を尽くすでしょう。

 ちょうど中国の新幹線が脱線事故を起こした時に、中国政府が新幹線に生存者がいるかも知れないのに、新幹線を埋めようとしたり、事故の犠牲者が35人と報道しましたが、尼崎市の列車脱線事故でも100人以上の方が亡くなってしまったのを考えると、あまりにもおかしい報道です。それと同じ様に、東電OL殺人事件も検察庁の大暴走で、一審で無罪判決を下した裁判官を左遷させて、裁判所の独立を侵害したりした検察ファッショの重大な問題を完全に隠そうとしています。

 検察上層部の狙いは、新証拠が発見されたので、有罪になった受刑者が冤罪であるといった事実がわかったから、再審無罪になった様に世論操作するか、また裁判所に圧力をかけて、無理のある事実認定で有罪を維持させるかのどちらかでしょう。こんな事を書くと、証拠がないのに、陰謀説はよくないと言われそうですが、かつて、法務官僚は青年法律家協会所属の裁判官に対して弾圧を加えた事がありましたし、ゴビンダ氏に無罪判決を下した裁判官を在日ネパール人やアメリカ人の人権団体の注目する中で、左遷した事実だけで十分でしょう。

 「裁判官だってしゃべりたい」(裁判官ネットワーク著、日本評論社)で、元死刑囚だった免田栄氏と裁判官の対談が掲載されていて、裁判官の方が、免田事件の死刑判決を批判するのは簡単ですが、私が事実認定をする立場なら、無罪にできるかわからないとコメントをしていました。この問題は検察官にもいえると思います。今、ゴビンダ氏が新犯人であると考えている人は誰もいないでしょうが、上層部に逆らえる人が誰もいません。だから、国家権力に納税をしている国民から事実認定者を選ぶ陪審制度を復活させなけばいけません。「陪審制度は平和と安全の試金石」という言葉を残したトーマス・ジェファーソン大統領の言葉の重みを感じます。

第5話「裁判官の人事権の独立」(14)

お笑い外務省機密情報お笑い外務省機密情報
著者:テリー伊藤
販売元:飛鳥新社
(1997-10)
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 9/9のyahoo newsで、50代の羽田空港の管制官が自分のブログにアメリカ大統領の専用機であるエアフォースワンの機密情報を漏洩していた事を報道していました。この管制官の方は自分のやっている事が、オバマ大統領を危険にさらしているという事に気がつかなかったのが残念でなりません。

 この重大な事件を見て、大東亜戦争中に日本外務省が犯した大失態を思い出しました。真珠湾攻撃の時に、山本五十六長官は開戦直前に宣戦布告をするようにと、あれだけ東郷茂徳外相に念を押したのに、アメリカの日本大使館では、転勤する寺崎英成書記官のための送別パーティーを開き、井口貞夫参事官と奥村勝蔵書記官が二日酔いで、宣戦布告が遅れたために、アメリカ人の世論が沸騰して、短期決戦で戦争を終わらせるという山本五十六長官の計算が狂ってしまった事がありました。

 これについて、「お笑い外務省の機密情報」(テリー伊藤著、飛鳥新社)では、外交官がもっとしっかりすれば、東郷茂徳外相によって、大東亜戦争の早期講和が実現して、日米両国の軍人の死者があれほど出る事も、原爆投下もなかっただろう、とコメントしています。個人的には、早期講和が実現すれば、旧陪審法が停止する事もなくなるので、免田事件の様な冤罪事件もほとんど出なくなってでしょう。

 だから、ネット言論で、この50代の管制官に対して、切腹して、社会的責任を果たすべきだと言われるのはやむを得ない所があります。ただ、この事件はきわどい所で発見されたので、井口貞夫氏や奥村勝蔵氏の様に取り返しのつかなくなる事はなかったので、そこまでの社会的責任はないと思います。個人的には、二度とこういう事がない様に、羽田空港の上層部は、情報管理の徹底化をしてもらいたいです。

 あと、この50代の管制官は、1960年代に憲法さえ守れば、日本は安全である、といった平和教育を受けている世代であり、法律家の高柳賢三氏は、1963年に「天皇・憲法第九条」という本を出版された頃なので、戦争に関する危機管理というのがおろそかになっていたのかもしれません。憲法さえ守れば、日本は安全という神話が本当なら、伊藤博文首相も日露戦争を回避出来たでしょうし、山本五十六長官も大東亜戦争を回避出来たでしょう。この事件はあまりにも重大過ぎるので、なかなか感想を書けませんでしたが、重大事件につながらなくて、ほっとしています。

第5話「裁判官の人事権の独立」(10)

蟹工船 (Bunch Comics Extra)蟹工船 (Bunch Comics Extra)
著者:小林 多喜二
販売元:新潮社
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 アメリカ合衆国第3代大統領だったトーマス・ジェファーソンは、「陪審制度は平和と安全の『試金石』」という言葉を残されました。日本の旧陪審法が出版法や治安維持法の対象外になっているために、昭和10年代に、警察官や検察官による言論弾圧事件が起きました。特に有名なのが、作家であり、「蟹工船」の著者として知られる小林多喜二氏が1933年に受けた言論弾圧と1942年の大東亜戦争中に起きた横浜事件という言論弾圧事件です。当時は天皇陛下のもとの裁判であり、かなり公平に行われていたのであり、今の様に刑事裁判は暗黒裁判ではないので、すさまじい拷問による自白をしなければ無罪になったでしょうが、拷問で命を落とす様な取り調べに一般人には耐えられません。

 もし、陪審法が刑罰が軽い出版法でも適用されれば、軍部批判をしていた河合栄治郎氏が逆転有罪判決を受ける事もなかったでしょうし、法務官僚の影響で治安維持法が陪審法の適用外にされなければ、小林多喜二氏や横浜事件に巻き込まれた47人の内、5人が命を落とす事はなかったでしょう。放火や殺人で起訴された陪審裁判では、拷問による自白はまったく採用されませんでしたから、さすがに警察官も検察官も拷問による自白を取ろうとは思わなかったはずです。

 治安維持法が悪法として言われていますが、旧陪審法の対象外として、拷問による自白を許してしまったのが問題であり、皇室関係者や政治家や実業家を暗殺しようとする右翼テロや社会主義者を取り締まる事は当然の事です。歴史学者のリチャード・H・ミッチェル(Richard H Mitchell)氏が、1976年に書かれた「Thought Control in Prewar Japan」という本に、治安維持法による日本の思想統制についていろいろと書かれています。

 この本では、日本の思想統制は大した事はなかったと解説しています。その証拠に、多数の逮捕者が出ましたが、死刑になったのは、ジャーナリストの尾崎秀美氏1人ではないかと解説しています。(ソビエトのスパイだったリヒアルト・ゾルゲ氏も死刑になった事を忘れていますが・・・。)転向という日本独特な方法で再犯率1%以下という事を評価して、この頃の日本の思想統制がひどかったという通説を否定しています。

 この本の序論と結論で強調している様に、ナチス・ドイツやソビエト連邦の思想弾圧と比較すると、治安維持法は、大した事はなかったですが、旧陪審法についての重要性が書かれていなかったのが残念だったです。個人的には、法務官僚が陪審法の欠陥を上手く作ってしまったために、取り調べ中の拷問と思想弾圧を許してしまった事も書いて欲しかったです。それにしても、日本の歴史学者よりも、渡部昇一氏の様な英文学者やリチャード・H・ミッチェル氏の様な外国の歴史学者の方がレベルが高いのは、なぜなのでしょうか。

第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(15)

家栽の人 (7) (小学館文庫)家栽の人 (7) (小学館文庫)
著者:毛利 甚八
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 近代のヨーロッパでは、二人以上の目撃証言の一致した証言がない以上、他にどんな有力な証拠があっても、自白がなければ有罪判決を下せませんでした。しかも、法定の確度の高い有罪証拠の存在を確認した後でしか、自白を聴くことを許されませんでした。だから自白証拠は、ほとんどの場合、有罪判決の最後の決め手でした。当時の人々はこれを「自白は証拠の女王」と言いました。

 この「自白は証拠の女王」という言葉の元の意味なのですが、1930年代の日本帝国の司法試験の面接で、試験官から聞かれる事があったそうです。この当時は日本でも陪審制度が実施されていて、司法省(今の法務省)の間でも自白中心の捜査は良くないし、イギリスやアメリカの様に証拠中心の捜査にしなければいけないという考えがあったのではないかと思います。

 陪審法が停止したままになってしまい、日本では「自白は証拠の女王」という言葉が、いつの間にか捜査機関が自白調書をとってしまえば、これだけで有罪判決が取れるという意味になってしまいました。明らかに日本国憲法38条の「自白だけでは有罪判決を出してはいけない」という条文に違反しているのですが、最高裁判事達は反省する様子もありません。

 それでも1970年代には最高裁は「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を打ちだしましたし、1980年代には裁判所は四人の確定死刑囚を再審無罪判決を出したのに、自白調書を何も疑問を持たずに採用する裁判所が多くなっているような気がします。1930年代の日本帝国を何でもかんでも悪いという歴史学者の方がいらっしゃいますが、自白中心の捜査から証拠中心の捜査に切り替えようと努力しようとしたところはきちんと評価して、この頃の日本の様に証拠中心の裁判をやって欲しいと願っています。

第2話「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」(12)

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出演:加瀬亮
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 ライブドア社の粉飾決算事件の事に限らず、刑事裁判で本人がやってないと主張すると、有罪を認めた時と比べて、刑罰が重くなる傾向があります。これは、日本で陪審制度が施行されていた時もそうなのですが、被告人が無実を主張して、陪審裁判を希望したのに、有罪の評決が出てしまうと、検察官の求刑通りの刑罰が言い渡される事がよくあったそうです。それで、陪審裁判を希望する人が減っていった原因の一つでもあります。

 もし、ホリエモン氏がライブドア社幹部の様に無罪を主張せずに、有罪を認めていれば、裁判官も執行猶予付の有罪判決が出たと思います。ちょうど、痴漢冤罪事件が起きた時に、本人がやっていなくて女性が勘違いした場合でも有罪を認めて被害にあった女性に慰謝料を払っていれば、検察官が起訴しないか、裁判官が執行猶予付の判決が出る様な感じです。

 「それでも僕はやっていない」という痴漢冤罪事件を扱った映画の様に、無実の人が無罪を主張すると、裁判官が反省していないと誤解されて実刑判決が言い渡されてしまいます。ちなみにこの映画のモデルとなった人も最高裁で実刑判決が確定されてしまいました。

 この映画を見た外国人は日本の刑事裁判はこんなにひどいのかと驚かれたそうですが、裁判官が逮捕令状を簡単に出して、被疑者を長期拘束させて、捜査期間の都合のいい調書を取って、その調書を基に有罪判決を下してしまうのは、陪審制度が停止している日本の悪い傾向です。

 それとこの映画の中で、裁判で捜査官の人がいい加減な取調べなどしていないと証言すると、弁護士の方が「この人は人生がかかっているんだ。」と怒っているのが印象的でしたが、監督のインタビューで、この部分だけはフィクションという記事を読んで、被告人の人権を守ろうとする弁護士がそこまで多くないというのが残念でした。それでもこの映画は非常に完成度の高い作品なので、ゴールデン・ウィーク中にビデオ屋でレンタルしてみてはいかがでしょうか。

第1話「カナダ滞在記」(7)

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 少し前に新幹線の待合室のテレビで、アナウンサーが「裁判員制度を定着しなければなりません。」と発言していました。裁判員制度はドイツの参審制度の様に裁判官と一般人が刑事裁判の事実認定や量刑を決める制度なので、ドイツの様に冤罪事件が少なくなると思って、その様な発言をしたのだと思いますが、ドイツと違って、日本の場合は裁判官の人事権は独立していなくて、裁判所上層部が担当しています。

 1969年の裁判官による令状却下率は5%位あったのに、裁判所上層部がいい加減な逮捕令状を出さない裁判官を左遷させたために、1999年の令状却下率は0,1%位まで落ちてしまいました。

 つまり、裁判官は裁判所上層部の圧力を感じながら、刑事裁判を行っているので、どうしても公平な裁判が出来ない様になってしまっています。あと、問題なのは裁判員法では検察官控訴が認められている事です。せっかく無実の人が無罪になっても、最後は捜査機関よりの裁判所上層部が担当するので、逆転有罪になってしまいます。

 だから、停止している陪審法なら、出世に関係ない一般人が事実認定を行い、法解釈の専門家である裁判官が量刑を行うので、公平な裁判が期待出来ます。ただ今の陪審法は検察官控訴と被告人控訴を認めないので、刑事訴訟法を改正して検察官控訴を認めない様にする必要があります。

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汚れつちまつた悲しみに…―中原中也詩集 (集英社文庫)汚れつちまつた悲しみに…―中原中也詩集 (集英社文庫)
著者:中原 中也
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 昼は散歩をして、夜にお酒を飲んだり詩を書いたりしてすごした著者の詩集です。この作品の様にクオリティの高い詩を読むと、ストレスがたまっていた心が癒されたり、気持ちがよくなったりするので、ぜひ読んでみてくださいね。

第1話「カナダ滞在記」(6)

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  2008年10月に日本の刑事司法を視察した人権規約委員会から、捜査機関に対して「取り調べの全面録画化をするべき」という警告を受けました。そして、裁判所に対して「刑事裁判は調書ではなく、客観的な証拠を重視するべき」という警告を受けました。

 自分もそう思いましたし、知り合いの裁判官も検察官もそれは良く分っている人は多いのですが、裁判所上層部と検察上層部である法務官僚がそんな命令を聞くとは思えません。

 なぜなら、1882年にフランス人法律顧問だったボアソナードが、拷問による自白を防ぐために、治罪法(初代刑事訴訟法)に陪審法を導入しようとして、法務官僚に妨害された事がありましたし、1923年に陪審法が成立するまで、法務官僚は与党である政友会の妨害ばかりしていましたし、1943年に陪審法が停止する時も、法務官僚は陪審法を廃止せよと主張していました。さらにアメリカ占領下にあった時も、アメリカ政府は陪審法を復活させようとしていたのに、法務官僚の妨害で実現しませんでした。それと1980年代になって、陪審法を改良復活させようとした政府や弁護士会の妨害をして、実現しませんでした。

 法務官僚がある程度妥協してくれないと「国民の司法参加」は出来ないのですが、それ以上に問題なのはマスコミの態度です。マスコミが司法のいいなりにならなければ、ロシアの様に1990年頃には、陪審法の復活が出来たと思います。せめて、最初に言った人権規約委員会の話はニュースで流して欲しいものです。どっちにしてもネットで知るようになりますし、ますますメディアの信用をなくしてしまうことになります。

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遠野物語 (集英社文庫)遠野物語 (集英社文庫)
著者:柳田 国男
販売元:集英社
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 遠野物語というと、妖怪をテーマにした作品ということは知っていても読んだことがないという人が多いと思います。この作品は読み始めると、最後まで読んでしまうぐらい面白いので、ぜひ読んでみてくださいね。

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